※名前変換を全てカタカナにした方が違和感なく読めるかと思います。



アイリ・如月は上司という生き物がどうしたって苦手であった。

それは、訓練生の時からそうで、いかに目立たないよう、怒られないように訓練はいつも平均点を叩き出していた。アイリが調査兵団の入団を志願した、上司と関わるより巨人と戦っていた方が良いと思ったのも理由のひとつかもしれない。
こんな自分が壁外になんて出たりしたら、すぐにでも巨人に喰われて死ぬのだ。そう思って3年が経った。こんな思いの人間なんて巨人にさえも相手にされないのだろうか。

「おっ、おはようございます!!」

胸にとんっと拳を置き、心臓を捧げるポーズをすると、目の前を通るひとりの男。リヴァイ兵士長だ。リヴァイはアイリを一瞥すると、「ああ」と返事をして去って行った。

(やべー!こええー!)

リヴァイの後姿を見送ると、アイリにどっと疲れがのしかかってきた。上司の中でも異様な雰囲気を漂わせるリヴァイはどの上司よりも格別に苦手なのだ。小さな身体なのにあの威圧感。鋭い目と少しでも合ってしまいでもしたら殺されるのではないかと思うほど。今だって、大声で挨拶をしたものの、目は一度だって見れなかった。


****


「はあ〜、今日ね、リヴァイ兵長と食堂で一緒だったの!遠目だったけどね、すんごくかっこよかったあ〜」

リヴァイへ熱い視線を送る女はたくさんいる。語尾にハートがついているんじゃないかと思うほど、そう話すアイリの同期もそのひとりらしい。アイリは廊下ですれ違うのでさえも避けているというのに。

「あの人のどこが良いわけ?」
「何言ってるのアイリ!兵長はあの小柄なお姿でありながらも人類最強と謳われる力の持ち主で、素敵な目で見つめられでもしたら立ってられないくらいよ!」
「へ、へえええ・・・」

少し赤らめた頬に手を当てながら、リヴァイへの愛を語る彼女を見て、アイリは呆れて上手く笑えなかった。小柄は小柄らしく弟キャラを貫けばいいと思うし、素敵な目、だなんて一度も思ったことはない。見つめられでもしたら、その時は私の "死" だ。

「と、いうことで。これ、お願い致します!」
「もっちろん!こちらこそありがとうってかんじだよ〜」
「ありがとう!助かります本当に!」

アイリが彼女に託した "これ" というのは、他でもない、あのリヴァイ兵士長に提出する書類だった。いつも避けてきたリヴァイへの提出書類がアイリに回ってきてしまった。リヴァイの自室へ行くしかない、と諦めていたのだが、彼女が請け負うと立候補してきてくれたのだ。彼女も彼女でリヴァイと話したいという私情がたっぷりなのだが。
ひらひらと彼女に手を振ると彼女は満面の笑みで書類を手にして去って行った。


****


ある日、アイリは書類のまとめが終わらず焦っていた。

(やばいやばいお腹減ったよお〜っ!)

早くしないと食堂への明かりが消えてしまう。真っ暗な廊下を歩いて食堂へ行くのだけは避けたいどうしても。怖い。
ガリガリと書き続けてやっと最後の署名をして、上司に出しに行く。

「ギリギリに出すもんじゃあないよ」
「はっ、はいっ!すみませんっ!」

少し怒られ、バタンと上司の部屋の扉を閉めるとアイリは大きく息を吐いた。怒られたことにも萎えたが、怒られたことによって、食堂の消灯時間が確実に過ぎてしまった。ゆうに1時間は。

(でも、お腹空いたし、こんなに頑張ったのにお腹空いたまま寝るのは嫌だし、今日はカレーだったはずだし。)

ぐるぐると恐怖と空腹が頭の中を回る。ぐう、と腹が鳴ったところで、アイリは意を決して食堂へと向かうことにした。

とんとん、と響く階段はなんだか恐怖を掻き立てる。最下段について食堂へと続く廊下を見るとやはり暗い。怖い。壁にぴったりと身体をつけて食堂へとじりじり近付く。時折後ろを振り向きながら。

やっと着いた。と食堂の明かりを浴びると、アイリは異変に気付いた。何故明かりがついているんだ?この時間はもう消灯しているはずなのに。

(え!なんでよ!怖いよ!明るいのに怖いってなんなの!)

涙目になりながらアイリが食堂を覗くと、ひとりでお酒を愉しむリヴァイの姿。無意識に「あ」と声を出してしまったのかもしれない。リヴァイとばっちり目が合ってしまった。咄嗟に隠れたが、もう遅かった。リヴァイが「おい」とアイリの名前は入ってなかったものの確実にアイリを呼ぶ声を発した。

「なっ、なななんでしょうか?!」

アイリが胸に拳を叩きつけ食堂の入り口に勢い良く立つとリヴァイはじとっとした視線を向けた。

「なおっていい。こっちへ来い。」
「えっ」

すっ、と下げた拳が震えた。「こっちへ来い」とはリヴァイの元へ来いということだろう。それしかない。さっき目があっただけで嫌で嫌で仕方なかったのに、話せというのだろうか。

「どうかしましたか。」
「酒に付き合え。」

リヴァイは戸棚からコップを取り出すと彼が飲んでいたウォッカを注いだ。すっ、と私の前に突き出すと、「飲め」と命令口調で言った。こういった威圧的な行動が、アイリにはとても苦痛だった。否定出来ないその空気に、アイリは渋々ウォッカを受け取り、恐る恐る口をつけた。普段酒など飲まないアイリはアルコールの度数の高さに顔を歪めた。

「座れ。」
「あ、いや、ご飯を食べに来たので・・・」

「カレーがあるはずだ。」

私の微かな反論(にもなっていないけど)にリヴァイは意外にもカレーという素晴らしい単語を出してくれた。アイリはそそくさとキッチンに向かうと、カレーの匂いにお腹を鳴らした。
ルーを温めるために火をつけ、キッチンからリヴァイを盗み見た。相変わらず強いウォッカを飲んでいて、足を偉そうに組んでいる。

(もしかして、同じテーブルでカレー食べるのかな・・・)

そう思った途端にはあ、と溜息が出た。
よそったカレーとスプーンを持って、もう一度リヴァイの元に歩いて行くと、やはり思った通りにリヴァイは何も言わずに視線をアイリからリヴァイの隣の席へと移した。

(隣に座れってか・・・!)

嫌悪感を顔に出さないようにして、リヴァイの隣に座る。アイリの視線はカレー一直線だ。ちょっぴり具材が溶けかけたカレーを口に運ぶと、それに合わせてリヴァイがお酒を飲んだのが視界の端で見えた。

「お前、確か、アイリだったか」
「え、あ、そうです。アイリ・如月、です」
「そうか」

アイリはリヴァイが自分の名前を知っている事に驚いた。リヴァイが食堂にいれば必ずしもリヴァイの死角になる席を選んだ。兵舎を歩く時は、わざわざリヴァイの自室の前を通らないように遠回りしたりもした。特別目立たないように、自身の存在をリヴァイに知られないようにしていたのに。

「アイリは酒は好きではないのか?」
「あ、いやあ、あんまり飲まないですね」
「そうか」

カレーを食べつつリヴァイの質問に返答する。話題が広がることもなく、リヴァイは酒を飲み、アイリはカレーを食べ続けた。こんなに喋る人なのかと驚き、きっと同期の彼女なら、こんな状況を飛び跳ねて喜ぶのだろうなと思った。

「アイリは、何故調査兵団に入ったんだ?」
「えっ、えーと、人の、役に立ちたかったので・・・」
「フン、そうか。巨人に喰われて死んでいくことで人の役に立ったと思いたかっただけだろう。なのに何故、優秀でもないのに自分は死んでいないのか、疑問に思っていたというところじゃないのか?」

顔が熱くなった。きっと心の底では思っていたからだ。死にたくはない。でもあんなに辛い訓練を受けたのに駐屯兵になり堕落した生活を送り、いざ、巨人と戦うとなると何も出来ずに喰われていく。そんなことになるのだったら、さっさと壁外に出て巨人と戦うという意思を見せてから喰われた方が、自分として納得のいく死に方だったのだ。

「あいつは、頑張った。って死んだ後に言って欲しかったんだろう?」
「っ!そんなことないですっ!」

カレーしか見ていなかったアイリの視線が、リヴァイを捉えた。リヴァイはそれを見ると、口端をいやらしくあげて笑った。

「やっとこっちを見たな。」
「えっ、」

そう、リヴァイの声を聞いたと思ったら、目の前にリヴァイの顔があって、唇に、触れた。目を見開いて驚くアイリを気にも留めないで、にゅるりと侵入して来た舌に再び驚かされたアイリは、やっとリヴァイの胸を押した。

「なっ、何するんですか!!」

勢い余って椅子から転げ落ちたアイリは、床に手をついてそう叫んだ。リヴァイは真っ赤な舌でぺろりと自身の唇を舐めると、

「カレーくせえな」

そう、悪態をついた。
あの真っ赤な舌が自分の口の中に入ったと思うと、アイリの顔は自然と赤くなった。

「何、赤くなってんだよ。」
「はっ?!兵長がそういうことをしたんでしょう?!」
「俺の事が嫌いなんだろう?」
「えっ」
「お前が俺に出さなきゃいけない書類を他人に頼むくらいにな。」

さあっ、と顔が青くなったのが分かった。バレている。あの時周りには誰もいなかったはず。彼が地獄耳なのか、それとも、彼の情報網が凄いのか。

「それ・・・!」
「どこで聞いたかって?さあ?どこだろうな?」

にやりと笑うと彼はまた顔をアイリに近付けた。アイリはぎゅっと目を瞑る。が、なかなか来ない感触にアイリは恐る恐る目を開けた。

「期待するな。阿呆。」
「−−−−−−−!!」

目の前に近付いた唇はアイリの唇を通り過ぎ、耳元で低く囁かれた。その言葉にアイリはかっと頬を赤くした。それを見るとリヴァイは触れるだけのキスをする。アイリは待ってしまっていた感触に目をうっとりとさせた。リヴァイは座り込んでしまったアイリの腰に手を回して立ち上がらせた。

「また、顔が赤い」
「だ、だから・・・」
「お前は、俺のことが好きになる」
「え、」
「絶対にな。」

そういうと、今度は唇ではなく手が近付いてきて、アイリの赤い頬を優しく撫でた。また、リヴァイの口端が上がるのをぼんやりと見た。それがスローモーションのように見えて、とても美しかったのだ。リヴァイは、すっとアイリから離れるとスタスタと何事も無かったかのように食堂から出て行ってしまった。

赤くなった顔がおさまらなくて、アイリは暫く食堂にいたが、カレーの食器とリヴァイが飲んだ酒を片し、食堂を出ようとして後悔した。

(ああ、また暗くて怖くて部屋に戻れない・・・!)

本当に来なければ良かったと。


****


次の日、アイリはいつものようにリヴァイの自室前を通らないように兵舎を歩いたし、リヴァイへ届けなければいけない書類は受け取る前に断った。それなのに、やはり会いたくないと思っているほど会ってしまうものだ。

「おはようございます。」

前から幹部達が会議を終えたのか集団で歩いて来た。もちろん、リヴァイ兵士長も一緒だ。とん、と胸に拳をつけて挨拶をすると、彼等は挨拶をしたり、一瞥して、アイリの前を通った。アイリがちらりとリヴァイを見ると、にやりと、昨夜のように口端を上げたのだ。かっと頬が赤くなったのが分かり、アイリは顔を下げた。すると、視界に足が入ってきた。あっ、とアイリが顔を上げようとすると

「この資料を探して、持って来い。」

低い声が耳元で聞こえると、クシャリと手に紙を握らされた。返事をする前にリヴァイは既に集団に混ざっていて、アイリはただその背中を見つめるしか出来なかった。

−−−−−−−−俺のことが好きなる。

耳元で聞こえた昨夜の低い声が脳内を駆け巡る。洗脳されてしまった。少なくとも、彼を見ると胸が苦しくなるくらいに。好きになるのも時間の問題だ。アイリは資料名が書かれたメモを見て溜息をついた。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -