「なんか、大したことなかったな〜」
ジンベイザメの食事を見終えた人々が大きな水槽から離れるのをぼんやり見ていると、先生が残念そうに言った。
ジンベイザメはとても大きくて驚いたが、食べる物がプランクトンと小さいので、あまり迫力は感じられなかったのだ。これだったら野生のジンベイザメをテレビで見た方がもっと迫力を感じられたかもしれない。きっとジンベイザメにはあの水槽は小さくて物足りないのだろう。
「よし、次は期待裏切らなそうなとこに行こう」
「え?」
「こっち」
指差す方向に歩き出した先生に慌ててついて行く。どこ行くの、ていうか、まだ一緒にいてくれるの?
「あ、これ!」
すっかり水族館の暗闇を抜け、屋外に出るとまた大きな建物が出てきた。その建物に入ると同時にワクワクが私を襲って声を出さずにはいられない。
「イルカだあーー!!」
大きな身体を優雅に動かしてスイスイと泳ぐイルカ達は自分の身体よりも随分小さなお姉さんの言う事をよく聞いて高く飛んだり、輪っかをくぐったり、とても素晴らしい芸をしてくれた。それにいちいち、わあとかすごいとか声を漏らす私にカカシ先生もにこにことすごいね、って、答えてくれた。
最後の最後に最前列の席に座っていたお客さんがびしょ濡れになるくらい水飛沫を浴びせ、イルカが手を振ったところでショーは終わりを迎えた。
カカシ先生をふと見ると、「ほんとにびしょ濡れだ」って笑ってて、この人は私が言ったこと全部覚えててくれてるんだと感じた途端に胸が苦しくなった。
「はい、次は?」
「え、あ、」
イルカショーの建物から出ると、カカシ先生から投げかけられた。ぐるぐると思考を巡らせて思い出したのは私が行きたいって言ってた最後の場所。
「ご、5色ソフトが食べたい!」
カカシ先生はにっこりと「うん、わかった」と答えるとスタスタと歩き始めた。きっと恋人だったら手を繋げるはずなのに、私は肩を並べることでやっとだ。少しでも恋人同士に見えているだろうか。二人共私服なんだから、勘違いされてもいいよね?
「いらっしゃいませ〜」
可愛らしい笑顔で迎えてくれたお姉さんにカカシ先生が「5色ソフトひとつ」と言うので、あれ、と顔を見ると、「俺はこんなに食えないから」と微笑まれた。
「どうぞ」と再びお姉さんの笑顔が現れ、右手に渡された5色のソフトクリームに私は目を輝かせた。
「雑誌と一緒!」
本当に5色が綺麗に段になって積まれたソフトクリームは雑誌から飛び出してきたかのように完璧だ。
「おお、思ったより美味しそう。」
なんと失礼な事を言うと、すぐに私に向けられた笑顔が飛んできたので思わず照れた。それが悔しくて、「食べる?」って、スプーンですくったアイスを先生の目の前に突き出してみた。「やめろよ。」とか「俺はいいよ。」とかを想像していたのに、さも当然かのようにぱくりとひとくち。ああずるい、本当にずるい。照れさすつもりがまたやられた。私の顔は簡単に赤くなるし、心臓は速く脈を打つ。
「あー、もうすぐ集合時間だ。」
最後の一段を食べ終わる頃、先生が時計を見ながら言った。私が聞いていた集合時間より1時間も早かったのだけれど、教師の集合時間はそうらしい。行っちゃうのか、と思うとふと、昨日買ったサンゴのストラップを思い出した。いや、別に先生のために買ったわけじゃないし。かわいいから買っただけだし。
でも、ふたつもいらないし。
「じゃ、悪いけど俺戻んなきゃだからね。お土産でも見て時間潰しな。」
「あ、えと、わ、ま、まって!」
「?」
先生がひらひらと手を振りながら踵を返そうとするのを慌てて制止した。リュックの中に大切にしまった小さな袋を取り出すと、私は大きく深呼吸した。
「これ、あげる。」
意を決して深呼吸した割に、大した声は出なかった。弱々しい声にも、先生はにこやかに「なに?」と受け取った。伸びてくる右手にまたどきどきして、少し触れた手が熱を帯びる。「開けていい?」と言う先生に何も言わず首を縦に振ると、躊躇うこともなくあっさりと白色のサンゴが出てきた。あの時見たそれはあんなにも輝いて見えたのに先生が手にすると急にちっぽけに見えて、不安になる。
「俺も沖縄いるのにお土産?」
「えっと、可愛くて、ふ、ふたつあったから買ったの、ふたつもいらないし、えと、」
うまく口が回らなくて焦る。いつもはあることないことペラペラ出てくるのに、こういう時の私の口は役立たずだ。すると、ふふっ、と先生は笑い、私の頭に触れた。
「ありがとう。」
心臓が、止まったかと思った。
****
「せんせ!」
いつものように音を立てて勢い良く扉を開ければ、ダルそうな顔で出迎える、いつもの格好のカカシ先生。
ちょっぴり日焼けしてるのは、私も同じ。
あれから、あっという間に沖縄から戻ってきて普段の生活に戻った。変わったのは、クラスの仲が深まったこととカップルが少し増えたことだ。
「今日は何?」
「今日はね、修学旅行の写真見せに来た〜!」
「いや、俺も行ったからね?」
「まあまあ、見てよ。これなんか、すごいシーサーでね?」
先生の制止を無視して始まった私のお喋りな口は、先生の机に飾ってあるサンゴのストラップを見て一時停止した。
「あ、こ、これ!」
「あー、うん。ストラップ付けるところないから飾ってみた。」
にやける口はきっと抑えられてないだろう。私は自分のバッグを引っ掴み、そこにつけられたストラップを見せつけた。カカシ先生は呆れ顔。でもちょっぴり照れてるのが分かる。
「しまいなさいな。」
「あっ、もっと失くさないようなとこに付けるね!」
「いや、そういうことでなくて。」
「やあー!どうしよっかなー!」
テンションの上がった私の声が放課後の準備室に響いた。
ずるいずるいこの人に、私はずっと恋してるみたいだ。
(おわり)
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