ピンポーン


小さな7畳の部屋にインターホンの音が響いた。一人暮らしがしたいと成人を迎えて初めて親に我儘を言って引っ越して来たこの部屋は、玄関のドアが可愛いグリーンだったことと、トイレとお風呂の浴槽が薄いピンク色だったことに一目惚れして決めた。そんなことで決めたらダメよって何度お母さんに言われただろうか。お父さんにもすぐ帰ることになる、だなんて言われたっけ。そんなこの部屋に来てからもう2年が経つ。何度も聞いたこの音に私は、「はいはい」と返事をしながらグリーンの扉を開いた。

「久しぶり、アイリ。」

大きな赤い瞳に綺麗な黒髪。赤い雲が描かれている黒いマントはとても不気味だ。そして、それは間違いなく私の恋人のうちはイタチくんなのだ。いや、"元"恋人と言った方が正しいかもしれない。

「イッ、イタチくん?!」
「突然すまない。」

小さく開いた扉が、ぐいっとイタチくんの手によって開けられる。慣れたように家の中に入ってくるイタチくん。彼の額当てにはしっかりと木の葉マークに一筋の傷が刻み込まれている。それは、彼が里を抜けた抜け忍であることを示していて、そして、彼が里に戻らないということを表しているのだ。なのに、なのに何故?

「ど、どうしたの?」
「久しぶりに里に来てみたんだ。・・・色々とあってね。せっかくだからアイリの顔を見たくて。」
「・・・そう。」

イタチくんの言う "色々" は、きっと聞いてはいけないことで、聞いたら自分が辛くなることなのだということがすぐに分かり、私は口をつむんだ。イタチくんは、その不気味なマントを脱ぐと、すとんとソファに座った。小さくてやっとふたり座れるくらいのソファ。イタチくんと恋人同士だった頃は、よくこのソファにくっついて座って、DVDを見たり、ご飯を食べたり、本を読んだり、キスを、したり。色々としたものだ。そんな思い出がたくさんのソファに彼は平然と座った。私はやっぱり座れずにソファを背もたれにして床にお尻をつけた。

「尻が痛くなるぞ。ソファに座らないのか?」
「え、いや、えっと・・・やっぱり無理だよ。」
「何故だ?」

赤い瞳を見ていると、幻術をかけられてしまうのではないかとずっと前から思っていた。むしろ、ずっと幻術をかけられていて、この幸せな時間はイタチくんの術のせいなのでは、なんて付き合ってた頃にはよく考えていた。今は、イタチくんがここにいることさえも幻術のようだけれど。

「何故って・・・もうイタチくんは私の彼氏じゃあないでしょう?」
「・・・そうか。」

期待してしまう。そう言おうとする前に、イタチくんは寂しそうに呟いた。

「・・・俺が期待してしまっただけだな。」
「・・・え?」

イタチくんとの別れ方は、とても色濃く頭の中に残っている。イタチくんが里を抜ける前の日、何も知らずに私はイタチくんに会っていて、いつも通りの待ち合わせをしていて甘栗甘に行ってひたすら喋って笑い合って、私の家に来て一緒にご飯を食べたりなんかして、ごく普通のデートをした。違ったのは、最後に「アイリは、これから好きなように生きて、俺のことは気にせず幸せになってくれ。」そう言って触れるだけのキスをすると私の家から出て行ったのだ。あんなに寂しそうに閉まるドアを始めて見た。私はその夜、その次の日も、目が腫れて見えなくなるまで泣いた。数日してから風の噂でイタチくんのやった事、そして、抜け忍になった事を知り、また枯れたはずの涙が出た事を覚えている。それでも私は甘栗甘の前を通る時や、サスケくんを見かけた時、このソファに座る時、その度にイタチくんを思い出したし、イタチくんの優しさや笑顔が忘れられなくて、大好きで大好きで仕方なかった。だから、私はイタチくんのいない世界で、イタチくんの言うように幸せにはなれなかった。もうイタチくんの姿を見る事は許されないのだと思ったのに、今、大好きなイタチくんがここにいる。

「もう、好きな人は出来たか?もしかして、付き合っていたりする人がいるのか?」

イタチくんは不安そうに、でもまっすぐな瞳で私に問いかけた。そんなイタチくんが段々と歪んできた。幻術?ううん、私の涙だ。

「っ、いない、いないよ・・・ずっとずっと、イタチくんが忘れられないの。」

言葉を吐き出すと同時に涙が溢れた。涙の先のイタチくんが微笑んだのが分かる。私がイタチくんの隣に座ると、ふわりと抱き締められた。ああ、イタチくんの匂い、体温、全部が優しくて、懐かしくて、大好きだ。

「アイリ、キスしてもいいか?」

低い声で囁かれ、赤くなった顔で私が静かに頷くと、甘い甘いキスが降ってきた。



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