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喧嘩別れの後で


最近佐久人に避けられている、そう勍子は感じていた。佐久人の所属している機動捜査課に行っても、勤務が終わるまで待っても、佐久人が休みの日に家を訪ねても、会うことは叶わず、その上どこへ行ったかを聞いても皆一様に「分からない」と困ったように答えるのだ。ここまで分かりやすいと、そうとう鈍くない限りは誰だって避けられていると分かる。
こんな時勍子はいつもなら一人になりたいのかな、などと思って気を使うのだが、今回はあえてそうしていない。今回だけは、一人にさせたくなかったからだ。
だがこう避けられていては一目見ることすら難しい。結果今日も佐久人を見つけられず、勍子は小さくため息をつきながらとぼとぼと帰路についていた。それでも諦めずに、いつもとは違う道を通りながら佐久人の影がないかを探して歩く。
色々と寄り道をして、いつもは近寄らない居酒屋街の方へ出てから帰ろうと足を進める。その瞬間、勍子の目にふらふらと心許ない足取りで、しかし器用に人にぶつからないよう居酒屋街を歩く佐久人が飛び込んできた。

「佐久人!」

勍子はすぐに自分も器用に人並みを掻い潜って佐久人を追う。だが、叫んでしまった事によって勍子は見つけた事を佐久人に知らせてしまっている。当然佐久人は勍子から逃げようと走り出した。
とは言え、足元もおぼつかない酔っぱらいと素面では速さの差は歴然で。勍子が佐久人を捕まえるのにそう時間はかからなかった。

「ようやく捕まえたわよっ……!」

勍子が逃げる佐久人の腕を掴む。突然走っていたのを無理矢理止められてこけそうになってはいたものの、それで佐久人は走るのを諦めたらしく、大人しく足を止めた。

「けーこ……」
「佐久人……、どうして」
「痛いよ、けーこ」

驚きと困った気持ちを混ぜたような顔を向けながら、佐久人は勍子の声を遮って言う。そこで勍子は追いかけっこをしながらだったのと必死だったのとで、握る手に手加減を忘れていた事を思い出した。

「!ご、ごめんねっ……!」

しかし謝れど、それでも勍子は手を離さない。離せば佐久人はまた逃げるかも知れないからだ。かと言って掴み続けているとまた手に余計な力を入れてしまうかも知れない。
悩んだ末に、勍子は佐久人の腕から手を離した。そして佐久人が逃げる前に佐久人の膝と背中に手を添えて持ち上げる。流れるような動作は一瞬のことで、佐久人は自分が持ち上げられた事以外に理解ができなかった。

「これで良い?」
「いや、何にも良くないよけーこ!?」

にこりと勍子が微笑むと、ようやくお姫様抱っこの格好で持ち上げられた、ということを理解した佐久人が慌てて抗議の声を上げる。

「だってこうしないと佐久人、逃げるでしょ」
「に、逃げないよ……?」
「さっきまで逃げてたじゃない」
「だからってー……」

正論を突きつけられて佐久人は口ごもってしまう。勍子は黙ってその続きを待った。そのまま二人の沈黙は続くかと思われたが、ここは居酒屋街の通路。そんな場所で立ち止まっていれば、当然邪魔になる。回りは皆二人を睨むように一瞥して避けて歩いていた。
誰かにぶつかられてその事に初めて気付いた二人はすみません、と小さく謝って急いで端へ寄る。

「立ち止まってたら邪魔になっちゃうね」
「え゛っ、このまま進む気なの?」
「うん、そうよ?」
「…………あー、もー、分かった……。ちゃんと勍子の話聞くから、逃げないから。だからおろして……」

何もおかしいようがない様に頷く勍子に、本気でこのまま歩くつもりだということを感じ取ったらしく、佐久人は大きくため息をつきながらもようやく観念した。その言葉を聞くと勍子はにこりと意地悪に微笑んで、佐久人を優しくおろす。

「勍子がこんなに強引だなんて思わなかった……」

おろされた佐久人は不満そうにして勍子の方へ向き直る。勍子は微笑んだまま少し考える素振りをしてから

「きっと佐久人のおかげよ」

そう言った。それは皮肉でも意地悪で言ったのでもなく、ただ本当にそうだと思ったから言ったのだ。それをしっかりと感じ取った佐久人は少し照れくさくなって、視線を勍子から逸らす。それは一瞬の事で、すぐに元に戻したが。
話し始めるのを待つ勍子と、どのタイミングで話し始めようかと迷う佐久人の間にしばしの沈黙が流れる。佐久人はあー、だとかその、だとかの言葉から始めようとしたが、どうしてもその先が話せず、すぐに沈黙に戻ってしまっていた。勍子はその間も黙って、続きを促したりはしない。困った佐久人は、一つ提案をすることにした。

「……あのさ、私の好きなとこ行って良い?」
「ええ、もちろんよ」

きっとこのざわざわと人の声がよく聞こえて、誰が聞いてるかも分からない場所が悪いのだ、と結論付けた上で佐久人は提案する。
勍子はそれに頷いて、どこへ行くのかも聞かず、逃げ出さないよう釘を刺す事もしないまま歩き出した佐久人の後ろを着いていった。



居酒屋街からしばらく歩いて、佐久人は突然立ち止まる。そこは夜風が気持ち良く、街全体とはいかないまでも半分ほどが見渡せる展望台で、佐久人はここはお気に入りの場所なのだと着いてから勍子に話した。

「流石佐久人のお気に入りね、良い場所だわ」
「でしょ?夜風が当たって気持ち良いの」
「佐久人は素敵な場所をたくさん知ってるのね」
「まぁね」

話す佐久人の顔からは歩いているうちに酔いが抜けたのか、それとも灯りがないせいか、先程よりも赤さが引いているように見える。それは酔ったまま話されるのに少し抵抗のあった勍子にとってはありがたかった。
そのまま佐久人と勍子は並んでベンチに座って、星を見ながら何でもない話を続けた。そのうちに話題が尽きて、佐久人は本題を話すために背もたれから身体を離して勍子の方へと身体を向ける。

「勍子、聞いてくれる?」

真剣だが、泣きそうな顔で佐久人は問う。

「えぇ、もちろん。聞かせてくれるかしら、佐久人」

勍子はやはり微笑んで、佐久人の手を握りながらそう答えた。
それから佐久人は、自分がどうしてやけ酒をしていたのか、どうして勍子を避けていたのかを話し始めた。大好きだった人と喧嘩別れをした事、それを悲しく思いながらも許せていない事、喧嘩の原因、今はどう思っているのか、どうしたいのか。色々な事を整理しないままできないままの言葉で、順番もぐちゃぐちゃな話を、勍子は相槌をうちはするものの自分の意見は何も言わずに黙って聞いていた。


一気に色々な話をするものだから、佐久人が全てをぶちまけた頃には長針は既に一周しており、かなりの時間が過ぎている事が分かる。

「大変、だったのね……」

佐久人の気持ちや話を全て聞き終えた勍子は何と言うべきか迷って、考えた。しかし結局上手い言葉などは出てこずに、ただ素直に思ったことを言うだけになったが。

「うん……、何にも言わずに避けてばっかりでごめんね」
「でも、こうやってちゃんとお話してくれたでしょう?ありがとう、佐久人」

話の途中から泣いていたせいで涙声で謝る佐久人の背中をさすりながら、勍子は言う。それから申し訳なさそうな顔をして続けて言った。

「むしろ、ごめんなさい、上手い言葉も出てこなくて……。私は、きっとまたいい人が見つかるわなんて無責任な事も、貴方の痛みがどれだけかちゃんと分かってもないのに一緒に乗り越えましょうなんて事も言えないわ」
「いーよ、そんな言葉求めてないしね」

ぐずと鼻を鳴らして佐久人はにかりと笑う。顔からは先程までの悲しげな雰囲気はなく、吹っ切れたような笑顔が浮かんでいる。勍子は慰めと励ましの言葉をかけようとした自分が恥ずかしくなった。佐久人はそんなに弱い人ではないと、よく知っていたはずなのに。

「ねぇ佐久人。今から飲みに行きましょうか」

赤くなった顔を隠すように突然立ち上がって、勍子は佐久人に提案する。

「えっ、今から?」

佐久人が驚くのも当然だ。遠くまで歩いてきたし、長い間話し込んだりで現在の時刻は0時に近い。今から居酒屋街に戻れば0時を越える事は目に見えていた。

「えぇ、飲みなおしに。やけ酒はよくないけど、体に良い程度のお酒は良いと思うのよ。酔わないと聞けない話も、あるかも知れないしね」

勍子はからかうように笑って、早く行きましょう?と未だ座っている佐久人の手を引っ張って立ち上がらせる。勢いで立ち上がった佐久人は諦めて小さくため息をつきながらも、歩き始めた勍子についていった。

「あー、分かったからー、手繋いで歩かなくたって良いでしょー」
「ふふ、良いじゃない。たまには」

照れ臭そうに言う佐久人の文句を勍子は笑みを浮かべたまま流して歩く。
そして結局、二人は手を離さないまま居酒屋街まで歩いていった。

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