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二つ目の懇願


火がごうごうと燃え上がったのを見て、包里は突然極上の酒を放り出してまで猛烈な勢いで走り出した。火があがった場所で何が起きたのか、包里は何をしにそこへと向かうのか、千代にはすぐに分かった。つまり大内裏に敵が攻めてきていて、包里はその妖怪を殺す気なのだ。

「らーちゃんっ!」

包里の背中が見えなくなる前に、千代は一枚の紙を取り出して名前を叫ぶ。途端、一匹の動物を模した式神が姿を現した。虎のような姿だが虎よりも一回りは大きく、毛も普通の虎よりも長い。何より虎にはないはずの角を生やしている事がその虎が式神である証拠だった。千代はすぐさま『らーちゃん』と呼んだそれに跨がり、先程受け止めた酒を周平へと押し付ける。

「千代ちゃん、まさか」
「お願いらーちゃん。あの人よりも早く、火の方へ行きたいの」

千代の言葉を聞くやいなや、式神は走り出す。四本足で駆けるその速さは二本足で走るものとは比べ物にならないほどに速い。あっという間に包里へと追い付き、すぐに追い越した。後ろの方で周平が何かを言っていたが、「包里さんをとめないと」という思いに取り付かれた千代の耳に届くことはなかった。
包里を追い越し火の元へとたどり着いた千代が見たものは、妖怪と朔之介が互いに獲物を振るい、互いを殺そうとしている姿だった。千代の顔に焦りが浮かぶ。早く止めないと二人のうちのどちらかが死んでしまう。そんなことは絶対に起こしたくなかった。

「らーちゃん!」

千代が叫ぶと、式神は千代が何をしたいのか全て分かっているとでも言うように動く。目指すは妖怪、目的は気絶等の無力化だ。
互いを殺すことに夢中でこちらに気付いていない二人の間に素早く割って入り、妖怪へと飛びかかる。いきなりの乱入に驚いた妖怪に反撃の暇を与えることなく、式神は前足で思いきり妖怪を押さえつけた。妖怪は勢いよく倒れ、沈黙する。

「これでは、ダメですか」

唖然としている朔之介とハルユキラに懇願するように千代が呟く。

「ダメだ」

しかし答えたのは朔之介でもハルユキラでもなく、全く別の声だった。声からはイラつきと嫌悪が読み取れる。

「退け、あとはわっちが殺る」

言葉の棘を取るどころか、更に嫌悪を含ませて声の主は言う。足音で千代の方へと近付いて来るのが分かる。もしかすると、蹴飛ばされるかも知れない。痛い目にあうかもしれない。それでも千代は見知らぬ妖怪のために、退くわけにはいかなかった。

「だ、だめですっ……」

なんとか絞り出した声はか細く、聞こえているかどうかも分からない。それを確認する余裕もなく、声の主も黙ったままで、沈黙が流れた。
しびれを切らしたのは声の主の方が先で、軽いため息を漏らす。

「子供よ、わっちの目を見ろ」

先程とは一転して、かなり優しい声音で声の主は話す。その声音に少し安堵して、恐る恐るながらも千代は初めて顔を上げ、言われた通りに声の主の目をじぃと見た。
そしてその瞬間、千代は意識を失った。



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こちら(http://pedantic.main.jp/saikyo/hy_001.html)の流れをお借りしました。
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