お前は誰だ
豹徒が俺の部屋に来て、そろそろ五日が経つ。
出会った時は俺の顔を見るなり、悲鳴をあげて気絶するものだからなんだこいつはと思ったものだ。
それから放っておくわけにも行かず、支配人に一週間という期限つきだが許可をもらい、泊めてやっている。
今では随分回復したようで、俺が仕事でいない日はよく外に散歩をしに行ったりしているらしい。
これは寮長から聞いた。
なぜかは知らないが、あまり俺とは口を聞きたくないらしく最初に豹徒が起きて、状況を説明してやった時に言った「ありがとうございます」と、たまに俺が投げ掛ける質問に対する短い返答、それぐらいしか会話していない。
その返答も嘘が混じっていたり、教えないの一点張りだったりする。
「豹徒」
出掛けようとする豹徒を呼び止めるように名前を呼んでみる。
豹徒は不機嫌そうに無言で俺の方を向いた。
「いい加減お前がどこから来て、何者なのか、俺に教えてくれても良いんじゃねえか」
「またそれかよ」
質問する事も少なくなってきて、最近はこれしか聞いていない。
豹徒もうんざりしているらしく、わざとらしいため息をついた。
「だから、家出しただけだ」
「そうじゃねえだろ?もしそうだとしたら俺の顔を見るなり悲鳴をあげたり、気絶したりしねえよ」
「なんだっていいだろ……」
「お前を泊められるのも今日を入れてあと三日だ。泊めてやった恩としてそれくらい教えてくれてもいいだろ?」
今までならここまで追及したりはしなかったが、せめてそれくらいは知っておきたかったし、残り時間も少ない。
聞くなら少し暇のある今のうちだ。
しかし俺の質問に豹徒は押し黙って、顔を背けている。
分かっていたが、この様子では聞き出すのに相当な時間がかかるな……。
そう思うと思わずため息がこぼれる。
「なぁ豹徒。お前、寝言を言っている時があるんだが」
そこで豹徒は顔をあげ、初めて俺の目を見た。
俺はその目を見つめ返しながらふ、と笑ってかまをかけてみる。
「『嫌だ』って、何が嫌なんだ?」
「っ……!」
豹徒はまだ子供だからか、表情を隠すのがとても下手だ。ようするに、分かりやすい。
反応から察するに、過去に夢で見るほど『嫌なこと』をされたらしい。
それだけでは曖昧すぎるので、更に質問を投げ掛ける。
「なぁ、豹徒。それは俺の格好と関係でもあるのか?それとも香りか?してきた奴と顔か背丈が似てたか?」
「お前には関係ねぇだろっ!」
「叫ぶなよ、近所迷惑だろうが。関係ないことないだろ。それを言ってくれれば改善できるかも知れないぜ?顔って言われたら困るけどな」
案の定子供らしくすぐに声を荒げたので、適当に宥めて少し煽るように話を続けた。
これでキレて全部吐き出してくれたら楽だし、飛び出されたらふりだしに戻る。
さて、豹徒はどちらの反応をするのか。
「全部……、全部だよ……、お前の全部が、思い出したくない前世の事に繋がんだよ!!」
全部。
全部と来たか。全部だと生まれ変わる以外に改善の余地もねえな。
くだらないことを考えている間にも、豹徒の口は回る。
その顔や言葉は、行き場のなかったイラつきを俺にぶつけているようだ。実際そうなんだろう。
「娼婦だったことなんて思い出したくもなかった!あんな記憶も思い出したくなかった!!お前に会いに行かなきゃ良かった!お前なんかっ、大嫌いだ!!」
途中から涙目になりながら豹徒は叫ぶ。
しかしその言葉を最後に、豹徒は身を翻して外へ走り出してしまった。
まさかここまで逆上するとは思わなかったので、少し呆けてしまう。
開かれたたままの扉から入ってくる風が立てる音が、妙に印象的だった。
prev / next