あの忌まわしい事件が解決して、この町から去った。承太郎さんとジョースターさんは元住んでいた場所に帰って行った。俺たちは今まで通りの学生生活に戻った。相変わらず康一と由花子は仲がいいみたいだ。そして露伴のヤツはむかつくし、ミキタカはこの町で平然と暮らしている。
実の父親に会って、存在すら知らなかった親戚にも出会った。この不思議な力のおかげで友達になったヤツもたくさんいる。きっとここ数ヶ月、なんだかんだ言っても俺は充実してたんだと思う。
得たものはたくさんある。それでももちろん、喪失感は否めない。大切な仲間が増えたけれど、同時に、たくさんの人も亡くなった。それでも、みんながそれぞれの生活に戻って、それぞれの毎日を生きてる。
杜王町はあの日以来、ずっと穏やかだ。
名前は以前と同じように、俺の隣で笑っている。だけど、前までとはちょっと違う。たまに、それも本当にちょっとだけ。学校でバカやったりしてる時とか、弁当食ってる時とか、アイス屋で奢ってやった時とか、いつもみたいに人懐こい顔で笑ってるのに。でも何か違うんだ。
例えば、部屋に二人でいる時に。わざとらしく手を握ってキスしようと迫っても、前みたいに照れて逃げたりしなくなったところ。抱きしめて頭を撫でてやると「子ども扱いしないで」ってあんなに怒ってたのに。最近は違う。背中に腕を回して精一杯の力で抱きしめ返してくる。小さい子供が、親から離れたがらないみたいに。それを言うと怒りそうだから、言わないけど。
もっと自惚れた言い方をするなら、大切なものを手離さないようにぎゅっと強く。あるいは名前の前から俺がいなくなったりしないように―。

億康と別れて、二人で少しブラブラして。帰ってもどうせ暇だしって言って公園のベンチに座ったけど、特に何も喋らなくて。だんだん陽が落ちて夕方になって、名前の前髪をオレンジの光が照らしても、名前は目を伏せて、自分のローファーのつまさきをつまさきで叩いたり、重ねたり、離したり、そんなことをしてる。細い足首が頼りないのな、女って。折れそうで。あんまり足ばっか見てると怪しまれると思って、慌てて目をそらした。でもどこを見ても、名前は細くて頼りない。やわらかそうな髪も、それで隠れてるうなじも、肩も、手繋いだら握りつぶしちゃうんじゃないかってくらい小さい手も。

いつまでもここにいる訳にも行かないので、俺たちは公園を出て歩き出した。歩き慣れた名前の家までの道。普段だったら愛しくて仕方ない時間。でも今日は気まずい時間。
「…俺んちで飯でも食う〜?」
このまま無言っていうのも何だから、いつもみたいに夕飯に誘ってみた。名前はこちらを見ることなく、俯いたまま淡々と返事をした。
「おばさんに悪いし、いいよ」
「多分、今日お袋夜遅いし…いたとしても名前なら別に気にしねーと思うけど」
「おばさん帰り、遅いの?今日、仗助ひとりなの?」
名前がふいに俺を見た。俺は急にこっちを向いた名前にちょっとびっくりした。しかもその表情が、悲しそうで、今にも泣きそうな目をしてるから。
「そ、そうだけどよ…何だよ」
夕暮れに包まれた瞳がきらきらして。キレイだな。長いまつげが重そうなまぶたも。俺は名前から目が離せない。吸い込まれそうな瞳って本当にあるんだなって思いながら、俺は、最近名前がいつもと違うように見える理由に気付いた。
「おまえ たまに泣きそうな顔してんの、何でだよ」
星空みたいに、黒々とした瞳に光がふるえて。下まつげの端に、涙がたまって。俺がそう言うと、ついにそれはこぼれた。名前の頬に触れようとして、ためらっていた俺の手に落ちた。静かに。ゆっくり。何かのスイッチに触れてしまったかのように、名前の涙はそれをきっかけにぽろぽろとこぼれ落ちた。
「な、何で泣くんだよ」
長い時間をかけて、ついに触れた頬は、やわらかで湿っていた。ぬぐってもぬぐっても涙はなくならなかった。この胸のたかなりと同じで。名前の頬に触れた俺の手に、名前は小さな手を重ねた。温かい手。手の甲に伝わる温度。
名前が何を悲しんで、何のために涙を流すのか。何に傷ついて、何を恐れているのか、俺は知りたい。
ためらいがちな俺の腕を名前は優しく握ってそのまま自分の背中に回す。名前は俺に抱きついた。例のごとく、ぎゅっと。こんな小さい体のどこからそんな力が出るのかなってくらい強く。学ランに顔を埋めるから表情が見えない。名前は何も答えてくれない。
「じょ、じょーすけ…」
全部服に吸収されるから、小さくてくぐもった声が聞こえた。泣いてるせいで不規則な呼吸の、震える声。
「どうしたんだよ…」
まるで俺が泣かしたみたい。名前をこんなに大切に思ってるのに。
「じょ…仗助…泣いても、いいんだよっ…」
「はぁ?…名前?」
名前の言葉をうまく飲み込めない。ロマンチックのカケラもない間の抜けた声で返してしまって後悔した。もう少し別の言い回しがあっただろうに。そんなことを思っていると名前は学ランから顔を離して俺を見上げた。学ランは名前の涙でびしょぬれだった。涙でぼろぼろの、真っ赤な頬の、可愛いやつ。
「わ、わたしっ…仗助の、お父さんのかわりも、おじいちゃんのかわりも、子供のかわりも、きょうだいのかわりもしてあげるからっ…」
―ひとりで泣かないでね。私の前では泣いてもいいの。仗助は一人じゃないの。いつも私がいるから。
そう言われてハッとした。涙声の名前。声が直接心臓にしみわたるみたいに、効いた。俺、そんな寂しそうな顔してたのかなって。名前の調子をおかしくさせるほど。名前を泣かせちまうほど。
名前が俺のことをそんなに心配してくれてるってわかって、目の奥がじわりとした。名前はああ言ったけど、俺、名前の前でかっこ悪いとこ見せたくないから。涙目になってるのがバレるのが嫌だったから、もう一回抱きしめてやった。名前が俺を抱きしめる時と同じように。大切なものを手離さないように。名前の前から俺が、俺の前から名前がいなくなったりしないように。
「お前はお前でいてくれないと、俺 やだよ」
―もう泣くなよ。俺は大丈夫だよ。名前がいるだろ。
自分の声が少し震えてる。名前が腕の中で小さな声でウン、と言った。名前を泣かせるのはやだけど、俺のために泣いてる名前は、すごくきれいだと思った。
夕暮れはもう俺たちを追い越して、暗くなりかけていた。ひんやりとした空気の中に、俺たちは立ってる。名前を抱きしめながら。名前に抱かれながら。遠くの方では星が輝いていた。うっすらとした中に、月も出てきて、俺たちを見てた。
「やっぱり今日、うちに来いよ」
呟いたら、名前は笑った。俺の本気を名前はたまにこうやってからかう。だけどその後すぐに、ウンって返事をくれた。従順で誠実な声で。
「ご飯作ってあげるね。でも、これは奥さんのかわりじゃあないのよ」
一度胸元に頬ずりして、それからゆっくりと顔を上げて、俺の目を見た。
「それだけはかわりはできないの。…だって、かわりじゃいやなんだもん」
こんなに可愛いことを言うから、俺はきっと一生 名前には敵わない。名前は幸せそうに目をつむり、窮屈な腕の中で、俺の鼓動に耳をすました。夜の入り口は、もうすぐそこだ。

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