ここ数日間続いた雨は、未だ衰える気配はない。雨は嫌いな方ではなかった、むしろ好きの分類に入る。だけど今は状況が違いすぎた。しんまで冷えた膝裏に、追い討ちをかけるひんやりとした空気が、嫌だ。普段、好きだったものが、今はそうじゃない。湿った靴下が意識下に入らないほど、集中しなければならないものが、目の前にあった。

「名字」

雨音の中で、丸井の意思の強い声がはっきりと聞こえた。カーディガンは所々びしょ濡れになっていて、前髪を濡らす雨が、彼の赤い髪の毛をいっそう目立たせていた。普段は真っ白できれいだった丸井のスニーカーが、水溜りを踏んで、制服の裾にしぶきを飛ばした。近寄ってきたかと思うと、いきなり肩を引き寄せられた。ためらう様子が微塵にも感じれない。もしかしたら、丸井はこういう事に慣れているのかもしれない。だけど、その腕を振り払う事がなぜかできなかった。冷たい首が頬を掠めた時、差していた傘が音もなく落ちた。

「俺、お前のいいとこなんかひとつも分かんねえし」

雨の日の独特の匂いと、丸井のお菓子のような甘い匂いがした。知らない場所に迷い込んでしまった、子供のようだと思った。黒のカーディガンの胸元を押し返す。「丸井、はなして…」と呟くと、丸井は腕の力を強めた。「うるせえ、黙って聞けよ」と耳元で低く言われて、いっそう身動きが取れなくなる。もしかして、知らない場所を楽しんでいる?嫌なのか、嫌じゃないのか、分からない。丸井は今、何を思っているの。

「お前のそういう素直じゃないとこなんか特に嫌いなのに」

何でか知らねえけど、好きなんだよ、お前が。
小さな声だったけれど間に距離がなかったせいで、はっきりと聞こえてしまった。丸井の言葉がひとつひとつ降り積もっていく。ローファーが水を吸って重たくなる。足が動かないくらい、重くなって、いつかそのまま本当に溺れてしまえばいい。あの水溜りに。深いところに。

(2007)
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