第5話 二度目の告白

「どうしたの?健康だけが取り得の名前が休むなんて。珍しい」
駅で会うなり、挨拶も程ほどにエミコはそう尋ねてきた。自分でもそう思うよ…。私は中学時代、寝坊のせいで遅刻こそはしたものの、欠席は一度もしたことがなかった程の健康優良児だった。もちろん今でも同じだ。
「うん、実はさ、幸村くんに…」
と、ここまで言うとエミコは「ああ…」と呟いて可哀想なものを見る目で私を見た。同情してますといった表情。多分エミコは私が初日に幸村くんに言ったことのせいで気まずさから休んだのだと思ったのだろう。あるいは幸村くんファンの女の子たちに嫌がらせを受けたと思っているのかもしれない。何せ彼は“人気者”なのだから…。嫌がらせは嫌がらせに変わりないが、私が休んだ直接の理由はそれではない。
「幸村くんに…告白された…」
「えっ!!?」
生気のない声で言うとエミコは盛大に驚いた。そのいつも以上に大きな声に電車内の周りにいる人たちが少し迷惑そうに眉を顰めたので私たちはすいませんすいませんと小声で言いながらぺこぺこと頭を下げた。
「こ、告白されたって…?一体どういうこと?だってアンタこないだ幸村くんのことあんな風に言っちゃったのに…」
「わからない、わからないよ…」
一体どういうことなのか、それが分かったら苦労しない。私にだって分からないから困っているのだ。大体その告白が本気なのかどうかもまだ分からないし、本当のことだとしても何故私を好きになったのかも謎だ。話した初日に自分を批判する内容を陰口のように言っていた相手を好きになるなんて普通はありえない。好きになるきっかけやタイミングなんてものは存在しなかったはずなのに…。
「で、どうするの?」
「うん、ちゃんと返事する…」
「何て?」
「そりゃもちろん…ゴメンナサイだよ」
「もったいないけど…まあね〜」
乗りこなせないよねぇ。エミコは遠い目をしながら言った。何その表現。
ああ、どうしてこんなことになったのだろう。我が学び舎を目を細めて見つめた。頭上には空が明るく果てしなくどこまでも続いている。この大空の下で何故私はこんなどうでもいいことで悩んでいるのだろう、とちょっと詩的なことを考えていた。今更何故こんなことになったのか原因を追究する意味も気力もなく、そして術もなく、私は待ち受けている運命に逆らえたらなぁ…と思うだけで、体はしっかり従順にそのレールを歩いてしまっているようだ。平凡とは正反対のレールを。
下駄箱で靴を取り替えていると2人組の女の子が頬を赤く染めて楽しそうに下駄箱に近づいてくるのが見えた。下駄箱にラブレターなんて今時古風なことをする子もいるもんだなーなんてその様子を見ていると、彼女たちは幸村くんの下駄箱を開けた。やっぱり幸村くんはモテるらしい。今一度確信した。その姿を見て心が締め付けられる思いだった。
「ふっ…あの子たちは幸村くんの本性を知らないんだもんね…幸せだ…」
そう言うと横でエミコが顔を引きつらせながら「アンタこの2日間でどんな地獄を見たの…」と呟いた。
「どうしよう、何て言えばいいんだろう…今になって緊張してきた…」
階段を上った、教室に続く長い廊下を前にして私は焦っていた。エミコはうーーーんと長く唸った後、あっけらかんとこう言った。
「健闘を祈る」
ああ、ハイ。他人事ね…。まあ確かにエミコたちには何ら関係はないし。自分で蒔いた種は、自分で刈り取るしかない。私はエミコと別れて、覚悟を決めて教室に向かって歩き出した。

私が足を踏み入れるなり、教室内はざわつき出した。名字だ…。幸村に…。幸村が…。はっきりと何を言ってるのかは分からないけれどまあ言いたいことは大体分かる。私もそっち側の、つまり平穏無事な学生生活を送っている側の人間だったら同じようにしていただろうし。みんなを責めるつもりも非難するつもりもない。見ると幸村くんはまだ到着してないようだったのでほっとした。いや、こんな弱気でどうする名前!今日はしっかり言わなきゃならないんだから!と自らを奮い立たせてみるも、いざ本人を目の前にしたら上手くいくかどうか分からない。心配だ…。そんなことを思っているといきなり後ろからガッと肩を掴まれた。
「ギャーッ!」
「おはよう名字さん!」
「ゆっ、ゆゆ、幸村くん…!」
驚いた。誰かと思った。いや、本当は80%くらいの確立で幸村くんだろうなと思っていた自分がいる。だからこそ驚いたのだ。
「お、おはよう…」
「体調は大丈夫?みんな心配してたんだよ」
「う、うん…大丈夫、ありがとう…」
幸村くんは朝だというのにジャージを着ていた。ジャージだとどことなく雰囲気が違う。制服だと繊細そうな美少年って感じだけど、ジャージだとどことなく気迫漂う男らしい感じだった。というより何か邪悪なオーラが増してるような…。そんなことを思っていると幸村くんが聞いてもいないのに「ああ、今朝は朝練があったんだよ」と教えてくれた。
「ところで昨日はお家にお邪魔させてくれてありがとう。すごく楽しかったね。名字さんのいつもとは違う一面を見れて嬉しかったよ。名字さん、すごく恥ずかしい格好をしてたし…それに、俺のために一生懸命…」
幸村くんの言葉に教室内はさっきよりも一層ざわめき出した。
「ちょっ…ちょっとおおおお!何言ってんの!?違う!そうじゃない!違う!!」
「何も違うことはないじゃないか。恥ずかしがらなくていいよ」
幸村くんが発言すればするほどクラスのみんなのざわめきは大きくなっていった。みんな絶対勘違いしてる。
「ちっがーーーう!!もう!ちょっと来てよ!!」
確かに昨日私はすごく恥ずかしい格好をしていたけど(パジャマ的な意味で)!幸村くんの腕を引いて教室を出た。あっ今度は名字が積極的に…!とか聞こえた。でも今はいちいち戻ってちげーわ!お前の目は節穴かコラァ!とか言ってる暇はない。幸村くんは「名字さんから手を繋いでくるなんて、嬉しいよ」と笑っていたけど面倒くさいので無視した。人通りの少ない廊下の方まで連れ出して手を離す。
「教室で!みんながいるとこで変なこと言わないで!勘違いされるじゃん!」
「何が?俺は昨日のことを話してただけだよ。ひやかす人は放っておくのが一番だよ」
「だから、勘違いされるような言い方をするなって言ってんの!」
私と幸村くんとの間に今みんなが思っているようなことは断じてなかったのだから。
「でもこれからそうなるよ」
「キーッ!なりません!断じて!」
幸村くんは余裕ぶっこいて微笑んでいる。むかつく。この笑顔を素直にカッコイイと思える立場にいたかった。私が一人でヒスってるのを幸村くんは面白そうに眺めていた。本当に、幸村くんには勝てる気がしない。
私はふと言わなければならないことがあったのを思い出した。昨日のお見舞いのお礼。そして、告白の返事を。
「あ、でも、あの…昨日のことはありがとう」
「ああ、どういたしまして」
「…プリンすごくおいしかった」
「フフ、喜んでもらえて良かったよ」
和やかな雰囲気だった。この調子で次の言葉も伝えなくては…。何事もなく終わることを祈ろう。私のためにも、幸村くんのためにも。無事に全てが元通りになりますように。
「一昨日のことはごめんなさい!ちゃんと返事しないで逃げちゃって…。それで、私、悪いんだけど…幸村くんのこと、何とも思ってないから…その、ごめんなさい」
思い切ってそう言うと、幸村くんはちょっと驚いた顔をしてた。それから少し悲しそうな顔をして私を見た。私は気まずくてその視線から逃げるようにうつむいた。ちょっとはっきり言い過ぎたかな、なんて思ったけど、これはきちんと伝えなくちゃいけなかったことなのだ。仕方ない。覚悟を決めておそるおそる幸村くんの顔を見ると、幸村くんはいつものように微笑んでいた。
「そっか…うん、わかった」
「えっ…ほ、本当に?」
「うん、何も問題ないよ」
分かってくれた!思ってたよりもあっさり。何だ、話せば分かる人じゃないか。これでこの悪夢から開放される!私の平凡ライフが戻ってくる!そう思うと自然と顔に笑みが沸いてくる。幸村くんも相変わらずの笑顔を私に向けていた。ああ、この笑顔を怖いと思った3日間は私の中の不思議な思い出として残るのね…。今思えばさして怖いことなどなかったかもしれない。喉元過ぎればなんちゃらだ。
私は嬉々としながら踵を返そうとした。すると、幸村くんがさっきと同じように私の肩をガシッと掴んで振り向かせた。ん?
「名字さん」
「え…はい…」
何だろうこの嫌な予感。本能が何かを警告してる。辺りは静かだったはずなのに私の耳にはざわざわと音が聞こえていた。心臓がバクバクしてる。冷や汗を垂らして緊張している私に、幸村くんは優しく微笑んだ。
「大丈夫。近いうちに絶対、俺のことを好きにしてみせるから」
頭を木槌で打たれたような感覚だった。分かってない…分かってないよこの人!
「え…?ち…ちがくて…あの、ゆ、ゆきむらくん…」
私は言うまでもなくパニックになっていて、言葉はしどろもどろだし、いつのまにか握られている手には汗が滴っている。幸村くんはそれを分かっていながらも更に強くぎゅっと手を握り締めてきた。そして顔を近づけてきて、動揺する私の目をしっかりと見つめた。真剣だけど自信に満ちた微笑み。こんなに近くで幸村くんを見たのは初めてだ。強い意志の宿る目には炎が燃え上がっているように見えた。
「名字さんは必ず、俺のことを好きになるよ」
幸村くんは優しく、だが力強い声で言った。
何この自信…そして勝ち誇ったような顔…これがイケメンの余裕という奴か!憎らしい!私は頭のどこかでそんなことをコミカルちっくに思いながらも、現状はそんなふざけたことを口にしてる場合ではなかった。それどころか私は驚きで何も言うことができず、しばらくの間身動きすら取れなかった。
そんな私を見て幸村くんはクスッと笑ってまたも私をからかうように言った。
「フフ、キスしちゃおうかな」
「!!」
私は慌てて幸村くんの腕を振りほどいて、顔を近づけてきた幸村くんから5歩くらい後ずさった。その様子を見て幸村くんはアハハと高らかに笑うと「冗談だよ、そんなに警戒しなくても」と言って再び私の手を取った。
「ちょっ…ちょっと、幸村くん!」
「大丈夫、何もしないよ。あと3分くらいでチャイムが鳴るから教室に戻ろう」
完全に幸村くんのペースに巻き込まれている。幸村くんに引っ張られ少しバランスを崩しながら歩いた。心臓がまだドキドキしてる。まるで熱があるみたいに頬が熱かった。そして、握られた手も。



教室に戻るとちょうどぴったりチャイムが鳴った。幸村くんの言っていた通りだ。それでもクラスのみんなは席に着くどころか、私と幸村くんが戻ってきたのを見ると、逆にものすごい勢いで私たちの周りを取り囲むように集まってきた。
「やっぱり付き合うことになったの?」
「ねえ、二人はどこまでいったの?」
「み、みんな違うの!ちょっと待って…」
私は慌てて彼女たちを宥めようとしたが、それは無理だった。みんなの勢いに圧倒され、席に着くことはおろか、どんどんと教室の後ろ側に追い詰められていく。後ずさると、私の肩に後ろにいた幸村くんがぽんっと両手を添えた。
「まだ付き合ってないよ。いずれそうなるけどね」
幸村くんの一言にファンと思われる子の悲鳴と、興味本位で騒ぎ立てる子のはしゃぐ声が一段と大きくなった。こんな個人的なことをこんなに大勢の人の前で暴露されているというこの上のない辱めを受けている。消えてなくなりたい…。
しかし中には更なるツワモノがいた。
「恥ずかしい格好ってどういうこと?」
「えっ…!」
瞳を爛々と輝かせて聞いてくるその子に、私は顔を引きつらせた。私に追い討ちをかけるように、隣にいた幸村くんが「それは教えられないよ、あんな恥ずかしい格好…。俺と名字さんの秘密だからね」と言った。その言葉に、耳を劈くような女の子たちの大声が教室中に響き渡った。
「ちょっと!」
何言ってんの!勢いよく幸村くんの方を振り返ると幸村くんは微笑みながら「ねっ」と私に向かって問いかけるように言った。違う!私は幸村くんを無視して再び前を向いた。
「いや違う!恥ずかしいは恥ずかしいなんだけどその、なんていうか…パジャマが恥ずかしいデザインで…」
「えーっ!」
私の言い方がまずかったのだろうか。その後、いつの間にかクラス中で名字が恥ずかしいエロいデザインのパジャマを着て幸村くんに見せたという噂が広がっていた。死にたい…。

(091117)
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