春が、すぐそこまで来ている(梓月) | ナノ
先輩の手は、少し冷たい。
白くて小さな手に触れたときに、いつも思う。これは決して僕の手が温かいとか、そういうことではない。先輩曰く、『少し冷え性』なんだそう。

「はい、先輩。」

そう言って手を差し出す。嬉しそうに頬を染めて先輩が手を重ねる。その瞬間感じる冷たさ。それが僕の手のひらに広がり、僕の熱が先輩の手のひらに伝わる。ゆっくりと浸透していくのだ。それは、まるで手のひらから溶け合って混じり合う感覚。


「…梓君、手、温かいね。」
「先輩の手が冷たいんですよ。でも、二人で手を繋いだら丁度良くないですか?」
「ふふ、そうだね。」


寮までの帰り道を、手を繋いで歩く。
春が近付いているとはいえ、風が吹くとまだまだ寒い。季節の変わり目は、いつも曖昧だ。それが風情があって良いと、昔の人が言っていた。僕は、夏から秋の変わり目も好きだけど、今の感じもなかなかだと思う。


「…早く春にならないかな。」
「先輩、春好きなんですか?」
「どの季節も好きなんだけど、桜が見たいな、と思って。」


次桜が咲けば、先輩は3年生になる。そして次の春には、卒業だ。
あと何回、手を繋いでここを歩くことが出来るだろう。…なんて自分らしくないことを考えた。ぎゅっと先輩の手を握る。先輩の手は、もうほとんど僕と同じ温かさになった。


「…桜が咲いたら、お花見でもしましょうか。」
「良いね!弓道部の皆も誘って。」
「えー、僕は先輩と二人がいいです。…でも、宮地先輩達と一緒も良いですね。」


出会いがあれば、別れもある。学生時代の春には、どうしても付き纏う。
共に過ごした日々が、それぞれ大切な、まさに青春なのだろうな。そんなことを考えて、内心苦笑いをした。
先輩と過ごす、残り一年を想って、繋いだ手を強く握った。

(この手が離れることがありませんように。)