独りぼっちのピアノ(颯月) | ナノ
ときどき不意に淋しくなる時がある。
彼がピアノの遠征で海外に行っているとき。彼はマメな人だから、夜(私のいる場所の夜)必ず電話をくれる。声を聞いているとき、私は淋しくなんかない。それは本当。



「…そろそろ電話を切りますね。」
「…うん。私のことは心配しなくていいからね。」
「いいえ。心配ぐらいさせてください。…月子さん、愛しています。」
「私も、愛、してるよ。…おやすみなさい。」


電話の最後は決まって“愛してる”。彼の声が耳で響く。
恋しくて淋しくて、少し苦しくなる。
(私って本当に我儘。電話だけでも嬉しいのに。)

そんな時は、ピアノのある部屋に行く。家にいるとき、彼がいつもいる場所。
真っ黒なグランドピアノが、窓から零れる月明かりに照らされて、寂しく光る。
私はピアノは弾けないけれど、ふたを開けて、彼の指定席に座った。白と黒の鍵盤が、ぼんやりと光る。


「…早く、帰ってきてね。颯斗君。」

パタンとふたを閉じて、その上に伏せる。ちょっと出そうな涙をこらえる。


「明日も、颯人斗君が素敵な演奏を出来ますように。」

ピアノにそっとキスをして、私は部屋を後にした。
彼が帰るまで、あと3日。