予定通りに一人部屋へ引っ越したところまではよかったのだが、監視の意味も含めてだろう、寮監殿の部屋の隣があてがわれた。 たいへん遺憾である。危険なことなどしないというのに、まったく。
箒はきちんと届いた。父に「調子に乗っている人間の鼻をへし折りたいので、ニワトコの箒を送っていただいてもよろしいでしょうか?」と手紙を出したら、その日のうちに透明マントに包まれた箒が部屋に届いた。さすがととさま。 その箒と私自身を包んでもなお余るほどの大きな透明マントに身を隠し、夜な夜な飛行した。ミケがねだったときは彼も連れて飛んだ。万が一にもマントがなくなってしまわないように、固定魔法――フィックスを用いた。 もちろんスネイプにもダンブルドアにも許可はとっているので、授業には堂々と持ち込むつもりだ。
それ以外に特筆することもなく――強いて言うなら、一人で歩いているときにやたらポッターに声をかけられ、気づいたドラコが猫のように威嚇して追い払うくらいだ――、件の木曜日が来た。 私たちは大広間で食事をとりながら、グリフィンドールのくだらない自慢話を無視して、いかに彼ら彼女らをコケにするかの最終設定を練っていた。
「ドラコ、いつもの自慢話はどうした?」 「うるさいぞセオ。あんなのカルラの前では霞むだけじゃないか。引き立て役にすらなれないのに話す意味なんてないだろう」 「謙虚になったようで何よりだな、まったく」 「ザビニ!」
ふは、と笑みがこぼれる。久方ぶりの自然な笑顔だ。 私は顔がいいので、それを見た全員が目を見開いていたけれど、学校生活にさして影響はないだろうと放っておいた。まさかファンクラブなんて大仰なものができるわけもなし、ファンは多少つくだろうけれど、それも気にすることではない。
「さて、愉快なやり取りはいったん保留だ、諸君。グリフィンドールをコケにするため、まずは私以外にもそこそこ乗れる――少なくとも、一発で箒を呼び寄せることができる人間が三人は欲しい。心あたりは? 絶対の自信が必要だし、本番でしくじることも許されないぞ」
そう言うと、聞こえていた一年生は考え込んだ。自分は無理だと考えているのか、推薦できそうな人間を探しているのか、自分が推薦されたらどうしようと考えているのか。 まあ、私にはどうでもいいことなのだが。
「……ドラコはどうかしら? よくマルフォイ家の庭で飛んでいたんでしょう? 呼び寄せることくらいわけないと思うけれど」 「だそうだ。パーキンソンの推薦だが、どうかな、ドラコ」 「ああ、飛ぶことは楽しいと知っている人間を選んだ方がいいだろうな。そして僕はそれを知っている」 「なら決まりだな。くれぐれもグリフィンドールの連中の笑い種にだけはならないようにしろよ?」 「もちろんだ」
その後、少し時間はかかったが、男女問わず募集した結果、ザビニとグリーングラスが多数の生徒に推薦され、決定した。二人ともやる気満々で、「私に任せなさいな」「おう、任せられた」と笑っていた。
――そして、箒を透明マントに包んでから移動を開始したのだが。
「男爵、いらっしゃいますか?」 「……地図を作った方がいい気がするのだがね、私は」 「奇遇ですね、私もそう思います」
案の定迷った。
飛行場への行き方がわからず、夜中に探検しているミケに案内してもらおうかとも考えたが、間違って踏まれたり、私たちの会話を聞かれたりしてはたまったものではないし、なによりミケを飛行という野蛮なスポーツに参加させたくなかった。蛇を連れていることでグリフィンドールに嫌味を言われるのも腹立たしいので、泣く泣く留守番してもらったのである。
「男爵、私はなぜ迷うのでしょうか。ここに来る前は迷うことなどなかったのですが」
何なら私は一度この学校に通っているし、その時だって迷うことはなかった。 この体でこの学校に来てから迷うようになったのだ。初日は引率に着いていくだけで迷うこともなかったし、いつから迷っているかと聞かれると「わからない」としか返答のしようがない。呪われているとして、こんな愚かな呪いをおかけられる謂れは一切ない。
「それは気になるな。ダンブルドアには私から言っておいてやる。……もうすぐ着く。私はここで失礼するが、もう大丈夫かね?」 「感謝します。しかし男爵、この距離ですら迷う自信があります」 「……仕方ない。どのような目で見られても知らんぞ」 「かまいません。どうでもいい人間のどうでもいい視線などに気を取られていてはきりがありませんので」
「そうか」と微笑んだ彼は、その後は無言で案内してくれた。 皆が集まっているところに男爵を連れて現れたため、全員がひきつった笑みを浮かべた。マダム・フーチもひきつった笑みをこぼしていた。皆を内心嘲りつつ、淑女の礼をして男爵と別れる。 ドラコに声をかけられる。
「カルラ、また男爵に道案内してもらったのか……?」 「ああ。彼は寮付きのゴーストだろう? だから頼らせてもらっているんだ。彼も許可をくれたしね」
笑みを張り付けて応じる。 何も知らないグリフィンドールの連中は、頬を染めていた。女子はそれを見て気に食わないと言いたげな顔をしていたが、スリザリンの男子(主にドラコ)の睨みで沈静した。 実に下らない。妖精に見初められた私の容姿が美しくないわけがないというのに。人間は自分を過大評価しすぎている。
「さて、マダム・フーチ。授業を開始していただいてもよろしいですか?」 「え、ええ。了解しました」
正気を取り戻したフーチが授業を開始した。
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