はじまり



「おはようございます、ととさま、かかさま」

 目をこすりながら両親に挨拶する。二人とも「おはよう」と返してくれた。
 うちにいる蛇のミケ(名付け親は私だ)にも挨拶する。ちなみに、会話できるのは彼だけだ。他の蛇、動物とは意思疎通はできなかった。

『おはよう、ミケ』
『あぁ、おはようさん』

 この世界が、“魔法”が存在する世界――それも、一度自分が大往生した世界だと気づいたのはつい最近だ。
それまでも自分の容姿や声に若干の違和感はあったが、父が新聞を見ながら言った「ダイアゴン横丁」や「無言者」という名前を聞いた瞬間全てを察した。

 ――私は以前、魔法省は神秘部の無言者だった。
 理由は単純、それを意図して目を閉じれば、未来予知ができたからだ。
 視えるのは大小様々な事柄だ。そして視える時期も不明ときた。例えば三秒後に誰かがくしゃみをすることだったり、例えば五十年後に新たな魔法理論が展開されることだったり。
 そんな不安定な私は、要は厄介者のたらい回しで神秘部へ送られたのだろう。

 “前”の私が生きていた時から数百年は経っている。
 名前も知らない悪人が跋扈しているが、きっと私は、その悪人が悪人たる理由すら知っているのだろう。

 視えた未来の手柄の横取りなどしなかった。……否、できなかった。
 それをすれば、私はインタビューや論文を書かなければならなくなるし、そのために知らない理論を学ばなければならなくなる。実に面倒だ。自分に関係することは視ることができないため、それが成功したか否かもわからない。
 自分が関わらなければいくらでも視ることができるというのに、まったく不便である。

 ……閑話休題。
 今日は、父――ウィルヘルム・ホーデンワイスに魔法薬学の授業をしてもらった後、ダイアゴン横丁に向かい、ホグワーツ入学準備を進めるという予定だ。母――ミリア・ホーデンワイスは朝食を用意している。
 記憶の中の未来人たちと遭遇するかは知らないが――なんせ記憶の量が凄まじい――、もし遭遇したら颯爽と立ち去ろうと思う。ホグワーツに入学してしまうのが非常に辛いところだ。なぜ習ったところをもう一度学び直さねばならないのか。面倒臭い。
 私が生きていたのは数百年前なのだから、当然新しい理論や新しい呪文もあるだろうが、それしきのことは“視える”のだ。

「今日は私の知り合いもくる予定だから、なるべく粗相をしないようにね」
「はい、ととさま。……あの、差し支えなければ、知り合いとは誰か教えていただきたいのですが」
「オーベロンとティターニアだ」
「さすがととさま、妖精王とお知り合いとは」

 まあ、このホーデンワイス家が、長く続く妖精の家系だというのもあると思うけれど。
 私は取り替え子のため、本当と本質が人間だからホグワーツに入れたのだろうというのが両親の見解である。私が彼らを敬う理由はそこにある。
――本当の子ではない私は、十一年経った今でも距離感がつかめない。

 朝食を済ませて服を着替える。
 父の授業(フェリックス・フェリシスの作り方)を受けた後、髪を梳かして編み込んで、出来を母にチェックしてもらう。三回繰り返してようやくオーケーが出たので、ミケを首に巻きつけて妖精王の元へ向かった。

 今日は妖精王とともに行くとのことなので、羽飾りや花で染めた生地を使ったものを身につけてみた。
 これが「我が仲間の遺骸をよくもぬけぬけと」と捉えられるか「歩み寄ろうとしている」と捉えられるかは不明だが、母のチェックを通れたということはこれでいいのだろう。

 姿表しで現れた私たちを歓迎したのは、おそらく妖精王そのひとだった。
 背丈の小さい、しかして恐ろしささえ抱くほどの端麗な容姿。
 エルフの王、妖精の王として然るべきと言わんばかりの華やかで色鮮やかな装飾品で己の美を最大限引き出すその姿、まさに王と言わざるを得なかった。
 思わず跪いた私の頭を撫でた彼は、歓迎の言葉を口にする。

「ウィルヘルム、ミリア、カルラ。よく来たな。ひとまず茶で持て成せ」
「あなたは相変わらず横暴ですね、オーベロン。持ってきたのはあなたの好きなアールグレイです。文句は言わせませんからティーポットを」
「ふむ、了解した」

 顔を上げろと言われたので、若干上目遣いになりながら見上げる。真正面にいたオーベロンが私の瞳をじっと覗き込んだ。
 何かを探しているようだったので、瞬きすらせずにじっと待つ。私の視線の先には彼のモスグリーンの瞳があった。

「……ティターニア、カルラはどうやら、人間ではなく私たちの“みかた”をするらしい」
「そうか、ならば妾が姿をみせても問題ないな」

 何もない空間から、ふわりと妖精の女王が現れた。
 長く揺蕩う銀髪を流し、色素の薄い川の流れのような瞳を私に向け、何かを思案していた彼女は、ふと表情を柔らかくした。
 またしても跪いた私の頭を撫でて、からころと鈴を転がすような声で笑った。

 母が紅茶を淹れている間、初対面の私は自己紹介をした。首に巻きついているミケのことを聞かれたので、私の唯一無二だと応える。彼は私の現代の知識の大元で、いまの人格を形成する大きな存在だ。

「ととさま、かかさま、何かお手伝いすることは――」
「――カルラは二人と親交を深めておきなさい。このつながりはきっと役に立つ」
「おやウィル、そなたはそのような目的でこの妾に己が娘を紹介したのかえ?」

 からころと笑う彼女に萎縮していると、そのティターニアから声をかけられた。

「のう、カルラ。いくら二人の娘とはいえ、そなたは所詮ただの人間。その人間に姿を見せてやったということは、そなたにはそれだけの価値があるということじゃ。故に、もう少し図々しくなってもよいと思うが?」

 目を見開いてだまりこくる私を不審に思ったのか、「カルラ?」と声をかけられた。

 そして私は問いかける。本当に、そうしてもいいのかと。
 そして彼らは答えた。それが我らの望みだと。

「カルラは我らの好む金髪をしている。美しいハニーブロンドだ」
「ありがとうございます、王」
「……オーベロンと。私はお前を気に入った」
「ティターニアと。妾もそなたを気に入った」
「わかりました。オーベロン、ティターニア」

 母の淹れた紅茶を飲みながら少し話す。なぜだか気に入られた私は、両親にも「もっとわがままを言え」と言われたので、要望を遠慮なく伝えてみた。

 ――「ホグワーツに四人とともに通いたい」。

 それを聞いた彼らは顔を覆ってしばらく深呼吸した。なぜだ。
 ……その後、代表して父が「検討しよう」と短く答えた。いまのところ私には物欲がないので、彼らとともに暮らす生活をもっと続けたいという要望しか浮かばなかった。
ミケが『だからってそれはどうなんだ。……オレのことを忘れているようだったし』と拗ねたので、慌てて元から一緒に行くつもりだったと伝える。すぐに機嫌を直した彼は、嬉しそうに舌を出して『ならいい』と首筋に顔をこすりつけてきた。

 四人ともなんとか立ち直ったようだったので、妖精の姿くらましを使用して、私たちはダイアゴン横丁へ来た。


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