明けていく時の中で









仕方のないことだと思った。昔とは何もかもが変わってしまったんだから。





「っ、―――…」

「左之助さ…、ッ――」






こんな乱暴な彼を見た事がなかった。私を抱きしめる時も口付けをくれる時も、いつだって優しいのに。





「ん、…ッ――」





呼吸が間に合わないくらいの激しい口付けも思いが籠っているだなんてことはなくて、形ばかりのものに思えた。私の肩を抱いてくれる手は私が逃げないように縛りつけるみたいに強い力が込められていて、赤く私の肌は痕を残している。着物だって、半ば剥ぎ取られるようにして部屋の隅へと追いやられていた。





「こっち向けよ…」





私を見下ろす瞳があんまりに哀しそうだから。唇が離された後顔を背けた私にそんな言葉を降らせて、また無理に唇を塞ぐ。きっと、何か彼の心の深い処が傷付いてしまうような、そんなことがあったんだろうと思う。

そんなことでも無い限り、いつだって私を労わってくれる彼が、こんな力任せに私を抱くことなんてないはずだから。





「左之助さん、…っ―――」





無理矢理に熱で奥まで突き上げられて思わず彼を抱く腕に力が籠った。それからは早急で、いつもは沢山優しい口付けと言葉をくれるけれどそんなものはなくて、ただ只管に激しく体を揺さぶられる。それでも、何処かで私は喜んでいたかもしれなかった。彼が、私を必要としてくれているようで――

耳元を掠める彼の熱い吐息が私の体を熱くさせる。体温も、汗の香りも、どれもがみんな。





「名前、…――」





前までとは違って短く切られた彼の髪に私は指を通す。視界の端に映る真新しい洋装。流れて行く時の中できっと彼は何かを見失い始めてるんじゃないかと思う。私よりもずっとずっと守ってきたものの多い彼だから、失ったものも、失っていくものもきっと私なんかよりずっとずっと…

汗ばんだ肌がひたりと重なる度に、彼のその痛みが私に流れ込んでくるような気がした。





「名前っ…」





彼はとても強い人で、優しい人で。だから今までこんな姿を見た事がなかった。こんな風に誰かに縋って、駄々をこねる子どもみたいに泣きじゃくる姿なんて。私がいくら抱きしめても足りないって言うみたいに、力任せに私を抑えつける。でも、





「ッぁ…――ッ」





仕方のないことだと思った。昔とは何もかもが変わってしまったんだから。

さっきまでよりもずっと乱暴に私を追いたてて、哀しいはずなのに抵抗なんて出来なくて、快感に身を任せている私―― 彼から沢山の優しさも愛情も貰った私は、今まで彼に何かしてあげることができていただろうか。

彼の強さ、優しさに、甘え過ぎてはいなかっただろうか。

ただ傍にいることしか出来なくて、もしかしたらそれが彼にとって重荷になっていたかもしれないなんてことにも、考えが及ばないで。





「――…ッ」

「ぁ――、っく…」





頭の中が定まらなくなって、体を抜けて行く痺れる程の快感に彼を抱く腕に力を込めた。それに応えるように彼も私を抱きしめてくれて、壊れてしまうんじゃないかってくらいのその力強さに何処か安心する。何もしてあげられない私だけどここでこうすることで、少しでも必要とされていると思えるから。

中で熱い熱が溶けて行くような感覚に何か他の想いを重ねて、私は力の入らない腕でそれでも彼を抱きしめていた。荒い息遣いが静かな部屋の中で数度繰り返されて、それから、ゆっくりと体が離されれば冷たい空気がふわりと流れ込んでくる。














「――、名前…」





さっきまでとは違う、いつもの彼。

私のことを見下ろして頬を撫でてくれて。私がその指先に摺り寄るようにしたら、彼は哀しそうな、でも優しい表情で笑いながら私を抱きしめてくれる。











「すまねぇ…名前――」





耳元で何度も何度も紡がれる償いの言葉。





「――…」





今度はいくら強く抱き締められても痛みなんてない。強くても優しい、そんな彼だから。





「何も、できないから――貴方の為に…」

「っ――…」

「こんなことでいいなら、…いくらだって――」





そう言った私に、今までで一番哀しい瞳で彼は口を開いた。





「違ぇんだ…」

「―――、」

「お前を…、捌け口にしてるだなんて、思わねぇでくれ…」





今日は一体何回、彼の涙を見ただろう―― そっと重ねられた唇、ゆっくりと舌先で撫でられて口を開けば深いところまで合わせられる。

すっかり熱の引いた体は外の空気に晒されて、けれど彼の腕の中だから酷く温かかった。唇が離されて、濡れた唇を指先で拭われる。





「傍に、いてくれ――」





少し硬い彼の髪が私の首筋を擽って、私は彼の大きな背中に腕を回した。

きっとこれから、彼はもっと沢山の傷を負って、もっと沢山のものを失くしていく。私はそれを留めおく何の力にもなれないから、せめて――





「愛してる、名前…」





せめて、彼が負ったどんな傷も癒せるように。

私がそっと手を添えた彼の胸元、まだ新しい傷の痕―― これよりずっと多くその心の中に刻まれているであろう傷を、





「私も、…愛しています――貴方のこと、ずっと…」






刻まれていくであろう傷を、少しでも多く―――











― 明けていく時の中で ―



















そしていつか、

失ったものの数よりも多くの幸せを、彼に与えられたなら――








  

[薄桜鬼]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -