涙 ―――… 「ねぇ、名前――」 遠くの戦火が此処へ届くことはなく、風が揺らぎ、肌寒い空気が漂う澄んだ空の下―― 花を付けていない桜の木を見上げる貴方の背に厚手の肌掛けを掛ける。 「好きだよ――」 目を合わせずに私にそう告げた貴方―― 「名前…、」 貴方が私の名前を呼ぶ度に、私の胸が痛む。 「大好きだよ…」 一つ一つ、生きている証を刻むように言葉を紡ぐようになった貴方―― 私を、抱き締めることの多くなった貴方… 「愛してるよ――」 そんな貴方を前に、 いつも涙を流してしまう私… ――――――… 「総司さん、だめ…」 素肌と素肌を合わせて、深い口付けを交わした後に私が言った言葉を貴方は無視して、甘く耳元で私の名前を呼ぶ。貴方がかつての居場所を離れてこうして私と暮らすようになってから、数える程のこうした夜―― 「まだ、名前を愛せるって…思いたいから――」 「…――っ…」 前に比べて痩せた体はそれでも強く私を抱きしめて、私はゆっくりと溶かされた中で貴方を感じた。貴方で私が熱く包まれる度に、前までのように幸せを感じるのと同時に、 「…辛い思い、させてごめんね――」 それ以上の哀しみに襲われて。 「名前…ごめんね――」 本当は、涙なんか流してはいけないのに、貴方の前ではもう絶対に泣かないと心に何度も誓ったのに―― いつも貴方にまで哀しい顔をさせてしまう。 「総司さん…――」 私が堪らずに抱きよれば、まるで小さな子を宥めるように優しい手付きで髪を貴方は撫でてくれて…、いつもいつも、一番苦しいのは、貴方の筈なのに… 私の名前をそっと耳元で囁く貴方を見上げれば、指先で頬に伝った涙を拭われる。小さく微笑む貴方は、一層私を強く抱き締めて 「…ずっとずっと、…愛してるよ…」 そう言って、私に深い口付けをくれた。 前のように、 -ずっとずっと、一緒にいようね- …そうは、言ってくれなくて 「…総司、さん…――」 今まで一度も貴方が涙を流す処は見たことがなくて、でも… 今私の頬に零れた雫は、私の涙なんかじゃないと分かったから…私を愛してくれる為に、壊れそうになる心を必死に押し殺してくれているのだと分かったから… 「私も、…愛しています――」 それだけを伝えて、 そうすれば貴方はもう一度―― 涙のように切ない口付けをくれた。 - 涙 - 終 [薄桜鬼] |