「不思議ね」
くすくすと笑う妙の声は掠れていた。布団に横たわる身体は呼吸をする度に大きく上下し苦しいのだとよく分かる。
「ただの風邪なのに」
何だか寂しいの、
その優しい声が、言葉が、凶器のようにぐさりと胸に突き刺さる。
「…今、ガキ共が粥作ってっから」
聞き流すように妙の額に置かれた手拭いを取り桶の水に浸す。水面に映る自分の顔は惨めで情けなくただただ酷いと思った。
銀さん、
消え入るような声を聞いて咄嗟に女の顔を見る。大きな瞳でじっと俺の顔を見つめれば力無く笑ってゆっくりと瞼を閉じた。
「…妙、」
なんだ、これ。
これじゃあまるで、
水ですっかり冷えしまった手を恐る恐る妙の頬に伸ばし触れる。じんわりと温められるような感覚と口から漏れる息を確認してほっと胸を撫で下ろした。
「…は、馬鹿みてぇ、」
風邪を引いているだけなのに生きている事を確かめている。こうして弱り果てた妙を初めて目の当たりにした時、いつか息する事をやめてしまいそうだと怯え、失う恐怖に駆られた。
いつも俺が血塗れで帰れば顔色ひとつ変えずに凛とした態度で迎えてくれるというのに、今の俺にはその女を安心させてやれるような顔も態度も出来はしないのだ。
―何だか寂しいの―
「…何してんだ、俺」
いくじなし
2012年3月3日