夜明け間近のかぶき町、自動販売機の下に入り込んでいた100円玉を目掛けて手を伸ばし、指先へと神経を集中させる。あと少し、あと少しと目を瞑りふるふると身体を震わせながら、ようやく待ち焦がれていたあの感触に思わず歓喜余って勢いよく立ち上がった。

「取ったアアア!!!!」
「お、100円だ」
「ぎゃアアアア!!!!」

背後からの声に38歳の男が悲鳴を上げ飛び上がる。

「ちょ、何してんの、銀さん」
「長谷川さんこそ」

俺は見ての通り、と口に出そうとするがぐっと喉に留める。ああ、惨めだ。分かっているくせに聞いてくるとはこの侍も人が悪い。先程まで天に登るかのような気分だったのに今は奈落の底に叩き付けられたようだ。がっくりと肩を落とせばこの若造は「百面相みてェ」と見世物でも見るように俺の顔を覗く。

「あの、もう帰ってくんない」

飲み屋の帰りに傷心したおっさんを虐め倒すなんて悪趣味ですよ。そう告げれば「へいへい」なんて気の抜けた声が返ってきて離れた場所に停めてあるスクーターの方へと向かっていった。

「銀さん、飲酒運転」
「俺、呑んでねェし」

え、と改めて男の顔を見れば普段とはなんら変わらない腑抜けた顔から素面だと分かる。酒の呑み方が下手くそで自分の限度を知らないこの男が嗜む程度で止めるはずがないと、そう思った。

「これから呑みに行くんだよ」

ヘルメットをかぶり「じゃあな」と手をひらひらと動かし万事屋がある場所とは逆方向の道を進み出した。よく見ればハンドルにもうひとつヘルメットが吊るされ揺れている。

ああ、そういう事か。

納得した後、急に虚しさが身体全体を襲う。

「これから呑みに、ねぇ」

あと半刻もしないうちに夜は終わるというのに。ちったァ、マシな嘘がつけねェのか、と煙草に火をつける。ふと別居中の愛妻の笑顔が浮かんで溜め息混じりに煙を吐いた。

「俺もしゃんとして行きてェよ」




彼女を迎えに

2012年2月20日

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