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「きょ…教授…?
誤解なんですよそういうつもりで申し上げたんじゃなくて、そもそも申し上げるつもりは無かったというか、あれはその」
「そこに直れ」
「またですか……いえすみません、居直らせていただきます」

昨日の今日でまたこれである。
あっという間に足が痺れるこの座り方がなまえは嫌いだった。いや、嫌だからこそ強いられているのか?
多分そうだ。デジャヴのようにスネイプが眉間に皺を寄せてなまえを見下ろしている。

「重ね重ね申しますが言葉の綾でして…」
「きみに発言権を与えた覚えはない。下らん釈明を考えるしか能がないなら少し黙ってい給え」
「ええ…そんな横暴な…」
「まさかとは思うが減点をお望みかね?」
「お口チャックさせていただきます……」

なまえが人差し指を唇の右から左へ滑らせた。彼女がギュッと口を引き締めるのを見てスネイプが幾らか満足気な表情で椅子にふんぞり返るが、眉間の皺は相変わらず深い。
組んだ足を動かして右の靴先でなまえの肩を小突く。

「一年生の、それも最初の授業で生徒からあのような暴言を吐かれたのは初めてですな」
「……」
「まあ、それを言ったのがきみだということに免じて…百歩譲って、暴言については目をつむるとしよう。だが」

トントンと一定の感覚で自分の右肩を小突く黒い靴先を憎らしそうに睨みつけながら、それでもまだ口を開くのを我慢しているなまえをスネイプが片眉を釣り上げて見下ろしている。
そういうねちねちした言い方が陰険だと言うんだ、となまえが今度こそ口には出さないように心の中で呟いた。

「だが、ポッターを擁護するように聞こえましたな、あの発言は…我輩の思い違いですかな?
貴様何処でポッターと知り合ったのだ」
「き、貴様って…」
「喋るな」
「…………」


なんなんだもう、どうしろと言うんだ!そもそも何がしたいんだこの人は……。
なまえの眉間が微かに痙攣する。

ツンと唇を尖らせた彼女の不満気な表情をスネイプが見るのは初めてで、彼は自分が知らないなまえの色々を更に引き出そうと意図的に意地悪く頬を歪ませたが勿論彼女がそんなことを知るわけも無く。

何処で、と聞かれたのだから口を開かずには答えられない。と言うか、どうしてそんなにハリーを毛嫌いしているのか、となまえは思った。
幾ら自分の演説中に顔を上げていなかったとは言え、そこまでハリーを嫌う原因とするには鳥渡ばかし弱いような気がするが。

「何のためにスリザリンに入らせたと思っているのだ全く、グリフィンドールと、選りに選ってポッターなどと……」
「えっ私スリザリンに“入れられた”んですか?」
「…言葉の綾だミス・みょうじ。
我輩は喋るなと言わなかったか?数秒前のことさえ忘れてしまうのかね」

“忘れてしまう”という言葉を聞いたなまえが尖らせていた唇をぐっと引き結ぶ様子にスネイプは身を固くした。
しまった、と彼は確かに後悔した_後悔はしたが、後悔先に立たずという言葉は意味もなく存在するわけではない。

「御言葉ですが。
…あー…スネイプ教授?発言権を頂けますでしょうか」
「…良かろう」

先程の言葉が完全に失言だったことは自覚していた。
とは言えこの教師と生徒という関係上、いや何よりこの自分がなまえに失言を詫びる、などという行為が出来るわけもない_そうだ、出来るわけがないのだとスネイプは思う。
元はと言えばなまえがポッターなどと仲睦まじく席を隣に微笑みあっていたのが悪いのだ、彼女に釘を刺すつもりがいつの間に立場が逆転してしまったのか_ああ。

優位をなまえに明け渡してしまった自分の愚かさへの怒りで眉をピクピクさせているスネイプに、彼女は静かに口を開く。

「では申し上げますが私は好き好んで何もかもを忘れているわけではありません。とは言え“喋るな”という教授のお申し付けくらいは憶えておりました、勝手に発言してしまい申し訳ありません。
自分でも預かり知らぬ理由で自分の顔面さえも失念してしまった私ですが、確かに憶えていることがひとつあります」
「何だ」
「教授のことをお慕いしています」

「……は?」
「先程の講釈、素敵でした。貴方の声が好きなものですから聞き惚れてしまいました。
…ハリーに無理難題を仰らなければ、もっと素敵だったと思います」
「……………」
「如何して彼をそんなに毛嫌いなさっているのかは私の知るところでは無いですし敢えてお聞きしませんがどうか、程々になさってくださいね。ハリーとは、お友達になったので」

_ね?
そう言って小首を傾げながら見上げてくるなまえが憎らしい。
あざといのかそれとも素でやっているのか…
前者であって欲しいとスネイプは思ったが、狡猾が売りのスリザリンに割り振られたとは言えなまえにそんな計算高さは無い。
自分の血圧がふつふつと上昇していくのを感じたスネイプが今となってはなけなしの威厳を保つ為に、口角を出来る限り下げてから低い声で応酬する。

「…我輩に御機嫌取りが通じるとでも?」
「ですから、申し上げたじゃあありませんか。
自分の顔面さえ鏡を見るまで思い出せなかった私が、好きだってことは憶えていたんですよ?
余程教授のことが好きだったんでしょうね。勿論納得してます…授業中も、ずっと目で追ってしまって_」
「分かったから何度も繰り返すな。
例の鏡について校長から指示を受けている、発言権はここまでだ」
「横暴ですよその職権乱よ…」

職権乱用、と続けようとしたなまえの右手をスネイプが引っ掴んで彼女の人差し指をその唇に、左から右へ走らせる。
“お口チャック”という自分の言葉を思い出したなまえが渋々唇を尖らせるのを見て彼は密かに胸を撫で下ろした。
_上手くはぐらかされたような気がしないでもないが、これ以上酔狂なことを繰り返されては堪ったものではない。

「例の鏡…もといポート・キーだが…校長がお作りになったものだそうだ。
誠に残念なことに、撤去するなと仰っていた」
「ほら、やっぱり!
…あ、すみません黙ります」
「…用途については、きみに直々に伝えたいそうだから早急に校長室に出向き給え…今から」
「心得ました!
……あ、教授」

校長室までの道のり、憶えてないので連れて行ってくださいませんか?

_そう言ってまた小首を傾げたなまえに溜め息を吐いた。