09



「ねえ、なまえ。
どうしてあんただけ1人部屋なわけ?
羨ましいわ」
「さあ……なんでだろう?
余ったんじゃない?
私としてはパンジーと一緒が良かったんだけど。寂しいし」
「……まあ決められたことは仕方が無いわ、別に談話室に来れば幾らでも話せるんだし我慢しなさいよ。
別に私の部屋に来ちゃいけないわけでも、ないし」

飄々と好意をぶつけてきたなまえにパンジーは少々面食らいながらも、そんなことはお首にも出さずにぶっきらぼうに答えた。
組分けの最中から物珍しい黒髪黒目の整った顔立ちで全生徒の好奇心を存分に刺激してのけたなまえが、あのみょうじ家の末裔らしいなんていう噂を聞いてお近付きになろうと所謂"不純な動機"で話しかけた彼女は、群がる羨望の眼差しを警戒するでもなく出処不明の余裕綽々な表情で自己紹介をしてきたなまえにすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
できればドラコ・マルフォイに自分を紹介してくれるように頼もうと思ったのに、人懐っこい様子のなまえにいきなりそんなことを頼むのは少々気が引けた。

「じゃ、私もう寝るわ。明日から授業が始まるんだからあんたも寝坊しないようにさっさと寝たほうが良いわよ」
「ああ、そうか明日から授業!
ふふ、楽しみ……じゃあ、お休みなさいパンジー」
「……お休み」

なまえに与えられた1人部屋から何とも言えない怪訝な表情で出て行ったパンジーの背中を見届けてから、彼女は今一度石畳の部屋をぐるりと見回す。
狡猾が売りのスリザリンで、まさか初日に友人が出来るとは思ってもみなかったので彼女は嬉しい驚きで胸が一杯だった。
いや、狡猾が売りのスリザリンだからこそ、なのかもしれない_なまえはそう思い至ってにやりと笑みを溢す。

客寄せパンダと親しくなればメリットがあるかもしれない、彼等はそう思ったのかも。
10歳そこそこの子供でも色々と考えているんだなぁ、可愛いもんだ。

ふと目についた鏡台に座り、ステンドグラスで装飾された縁取りを指でなぞる。部屋の明かりにきらきらと反射する三面鏡の扉を開くと、重力が散らかったような気持ちの悪い感覚が彼女を襲い次の瞬間なまえは後ろに盛大にひっくり返っていた。

「ちょっ……ちょっとちょっとちょっとちょっと、なにこれ!?」

鏡に吹っ飛ばされた!
と、突然の出来事に混乱したなまえは思った。鏡が何か……所謂、衝撃波のようなものを出した所為で自分は吹っ飛ばされたのだ、と。


「意味が分からない……なんで私の部屋にこんな危険なものが置いてあるんだ、本当にあの……狸!」
「……此処で何をしている」
「は?」

勢い余って床に強打してしまった頭をなまえが撫でつけながら三面鏡についての首謀者であると思われる校長の悪口を吐いたとき、扉の開く音と共にすっかり聞き慣れた重低音が床を這ってきたので彼女は反射的にその出処を見遣った。
不審の念をこれでもかとあらわにしたスネイプが、扉に手を掛けて立っている。

あれ?こんな時間に、しかも女子寮に、どうして教授が?
と、なまえはスネイプの眉間の皺をちらりと確認してから思わず小首を傾げた。

「えーと、あの、教授?
どうしてこちらに……というか仮にも私女子生徒なんですからノックも無しに入って来ちゃあ駄目ですよ」
「どうしてこちらに、とは我輩の台詞ですな。
入学早々深夜徘徊かね?スリザリン生でなければ大量に減点してやれたものを」
「深夜徘徊って……いや、ここを私にあてがったの教授でしょう?」

またまた御冗談を、とでも言いたげな顔つきで立ち上がるなまえをスネイプは一層額の皺を濃くして見遣る。
一体この女はいつからこんなに間抜けてしまったのか__自分を前にいつまでも寝呆けているような生徒ではなかったのに。
精神年齢まで15歳に若返ってしまったのか。

「君が自分の行動をしっかりと理解し、その上で我輩に言い訳をしているのではないという万が一の場合を想定して一応、お聞きするが……寮の自室とこの部屋との区別もつかんのかね?」
「は?
なにを馬鹿な……あれっ?」

小さな唇をだらしなく半開きにしてなまえがきょろきょろと辺りを見回す。
驚き桃の木!とでも言わんばかりの表情で、最後はスネイプの血色の悪い顔に視線を戻した。彼女の態とらしい仕草に、彼は口から溜息が流れ出るのを我慢できなかった。

「止めんか、白々し…」
「教授!」

緩み切った口元をきゅっと引き締めてなまえがスネイプの腕を引っ掴む。
突然のなまえの行動にスネイプが反応する前に、彼女は彼の掌を目の前の鏡へ押し付けていた。