03


「虹村が薬品を使ったようなのだ、お目覚めになるまで待ってからお連れするようにとDIO様が仰っていた。そっとしておかなければ」

そんなことを言われなくても私は静かに寝室を出るつもりだったのだが。
ヴァニラは普段よりどこか気分が高揚しているようで、珍しく私に話しかけてきた上にペラペラとまくしたて始めたのである。そっとしておかなければ、という言葉も恐らくは自分に言い聞かせるためのものだったに違いない。そわそわと寝台の周りを歩き回ってはじろじろとなまえ様を眺め回すものだから__なんて無礼なやつだ、DIO様の客人である前になまえ様は女性なのに__見兼ねて私が腕を掴んで寝室から引っ張り出すと、驚いたことに私の行動に気を悪くした様子もなく再びヴァニラが話しかけてきた。

「なまえ様……はいつ頃お目覚めになるだろうか」
「さあ、どうでしょうね……そんなこと知ってどうするんです?」
「出来ればお目にかかりたいのだ、きっと素晴らしい方に違いない」
「……」

子犬のようにきらきらと目を輝かせるこの男、そうだ、ヴァニラはDIO様に認められるたびにこの目をするのだが、まったくこの男はなにを考えているのか分からない。誘拐されて目覚めた瞬間にこんな__まぁ私も大概だということは自覚しているが__どこからどう見ても、360度すべてにおいて不審者である男に出会うなんて悪夢以外の何物でも無いだろうに。やはりこの男はあまり好きにはなれない。すべてが主観的なのだ、周りが何一つ見えていない。自分の視野でしか世界を見ていない……。或いはそれは本人からしたら幸せなのだろうが、私はどうにも好きになれないのだ。
私は態とうんざりした表情をして見せたのだが、ヴァニラはまったく気付いていないようであった。ああ、やはりきちんと口に出さなければいけないらしい。

「心配しなくても直にお目覚めになるでしょう。私たちが扉の前で突っ立っていたら休めるものも休まりません。さ、行きますよ」

驚くべき硬さのヴァニラの背中を押して歩き出す。どうやらヴァニラはなまえ様のためならばと思ったらしく大人しく何処かへと去って行った。恐らくはDIO様の食事の残り物を片付けに行ったのだろう。賢い選択である。DIO様の客人であるといってもなまえ様はただのシニアハイの娘であって、目覚めたとき私たちをどう認識するのかも、死体を見たことが無いであろうことも想像に難くはない。
誘拐されたあの哀れな娘にとって、我が主をはじめ私もヴァニラも、自分を誘拐した犯罪者、それ以上でも以下でもないのだから。