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瀬田は茶屋を見つけた。

――そういえば今朝、宿を出てから休んでないなぁ…

歩きっぱなしだ。
路銀も多少残っていることだし、茶屋に寄って休憩することに決めた。

「すみませーん。お茶とお団子1つー」

客は誰もいなかった。
瀬田は適当な椅子に座り、注文をした。

見えた空は清々しいほどの青さだ。
透き通っている。
…あの人の心のように。
答えはまだ見つかっていない。

「お待たせしました。団子です」

店主であろうお婆ちゃんの声に、はっとなる。

「ありがとうございます」

いつもの笑顔で、団子と茶を受け取る。
まだ旅に出て2ヶ月やそこらだと思う。
数えていないから、はっきりとは解らない。
でもあの頃は夏だったのに、やっと森が赤く染まりつつあるから、2ヶ月くらいだろう。
すぐに答えが見つけられれば苦労しない。
緋村さんも言っていたではないか。

温かい茶を飲んで、ゆっくりと息を吹き出す。
白い靄が向こうに飛んでいく。
団子にも手をつける。
御手洗(ミタラシ)の甘さが丁度よい。
瀬田の顔に浮かぶのは、いつもとは少し違う幸せそうな笑顔だった。

食べ終わったため、代金を払おうとお婆ちゃんを呼んだ。

「おばちゃーん、勘定お願いしますー」

店の奥に話しかける。
すると聞こえたのは、さっきのお婆ちゃんと若い女の声。

「菜舞ちゃん、ちょっと手が離せないから行ってくれるかい?」
「はい!」

――菜舞?

瀬田はその名前を聞いたことがあった。

――確か…、緋村さんの妹の名前も菜舞だった気がするなぁ。

「すいません、おまたせ……あ」
「……あ」

暖簾(ノレン)を潜(クグ)って、店の奥から出てきたのは見覚えのある顔だった。
そう、緋村菜舞。
剣術もでき、比叡山の志々雄のアジトにあの3人と共に乗り込んできた、緋村剣心の妹。

「……2銭になります☆」
「…久し振りに逢ったのに、そんな風に誤魔化されたら泣きますよ」
「お客様、こんな所で泣くなんて公共の迷惑ですわよ」
「よく解らない日本語になってますよ?菜舞さん」
「……久し振りですね、瀬田さん」

菜舞は漸(ヨウヤ)く瀬田に出逢ってしまったことを認めたようだ。
瀬田は少し嬉しくなる。

「!…その、苛々する貼りつけた笑顔も健在でよかったです」
「それ、本当によかったって思ってませんよね?」
「もちろん、嫌みですから」
「変わってないなー、菜舞さん。体つきも全然」
「何それ、全く胸がないって言いたいんですか?御生憎様、たったの3ヶ月で胸が急に大きくなるなんて話、聞いたことありません」

瀬田は2ヶ月かと思っていたが、3ヶ月も経っていたようだ。

「…時間って流れるの、早い…ですね」
「? 急にどうしたんですか」
「いや、何でもないです」
「そうですか。なら、早く2銭払って出ていきやがれ」
「酷いですよ。折角3ヶ月振りなのに」

「菜舞ちゃんー!?まだかい?ちょっと手伝ってくれんかねー?」

先程のお婆ちゃんの声だ。

「あ、すずゑさんが呼んでる… 早く2銭下さいな、瀬田さん」
「菜舞さんがいると解ったので、もうちょっとここにいます。お団子とお茶、追加で」
「え!?帰れよ、今すぐ!!!」
「やだなぁ、僕、客ですよ?」
「少々お待ち下さいませ、お客"様"」

菜舞は嫌みなほど"様"を強調させて、店の奥に入っていった。
瀬田はその姿を見て、また同じ椅子に、同じように座った。
そして耳を澄ませて、後ろの声を聞いていた。

「すずゑさん、お茶とお団子おかわりだって」
「そうかい。あの棚の上にある袋をとっておくれ、儂じゃ届かなくての」
「はーい」
「助かるよ、菜舞ちゃん。菜舞ちゃんが来てくれて、大分楽になった」
「お互い様ですよ、私もすずゑさんに雇ってもらえてよかったです」
「怪我したお兄さんの治療代に充てるんじゃろ?こんなよい子、滅多におらんわい」
「そんな褒めても、しっかり働くくらいしかできませんよ」
「ほっほ、そうかい。じゃあ儂がお団子とお茶を出してくるの」
「あ、私がいきます!袋はここに置いときます!お客さん、知り合いなんです」
「そうかい。じゃあ頼むよ」

声は途切れた。
その代わりに、こちらにくる気配。
普通の人よりは気配が薄い。剣客として性だろうか。

「瀬田さん、持って来てやりましたよ」

菜舞はコトリと茶と団子を瀬田の横に置く。

「その偉そうな言い方、どうにかならないんですか?すずゑさんが聞いたら悲しみますよ」
「あんたにすずゑさんの何が解るんですか」
「さっき菜舞さんとすずゑさんが話しているのを聞いたので、多少は。
 …緋村さん、まだ怪我治ってないんですか?」

緋村さん、というのはもちろん、緋村剣心のことだ。
瀬田も彼に傷を負わせてしまったので、心苦しいのだろう。

「いや…治ってます、けど」
「じゃあ何で治療代を?そんなに高額だったんですか?」
「っ!色々都合っていうものがあるんです!!瀬田さんには関係ないでしょう!!?」

菜舞は顔を真っ赤にして叫んだ。
その後、2人は不味い、といった表情を作る。

「…すみません、聞きすぎました」
「…すいません、言いすぎました」

「被せないでくれますか。瀬田さんと仲がいいなんて思われなくないので」
「何でそんなに菜舞さんは辛辣なんですか」
「褒めないで下さいよ」
「褒めてませんよ」

さっきの気不味い空気は嘘のように、彼らの間には和やかな空気が流れる。
(※この言いあいが和やかであるのかは、確かではない)

「…兄さんは、元気ですよ。きっと今の時間なら、洗濯物を取り入れてると思います」
「そうですか。他の方々も元気ですか?」
「ええ。蒼紫さんは葵屋で次期店主になるらしいですし、左之さんも元気には元気です。あ、…でも斎藤さんは行方不明ですね」
「あの斎藤さんが?」
「はい。兄さんはかなり心配してますけどね。私は生きてるんじゃないかなって思ってます」
「ははは、そうですね!あの斎藤一さんが死ぬなんてありえません」
「ですよね!!」

笑いあう2人。
これこそ和やかだというのだろう。

「…瀬田さんはこれから何処に行くんですか?」
「え?」
「何処に行くのかなぁとちょっと疑問になっただけです。他意はないです」
「僕はー… 南に行きます。志々雄さんの所から出てきた時は、暑くなるからと思って北に行ってたんですけどね」
「そうなんですか。涼しかったですか?」
「そうですね、まあまあです。食べ物も新鮮でした」
「へぇ、行ってみたいです」
「一緒に行きますか?案内しますよ?」
「え…」

菜舞は冗談のつもりで言ったのだろう。
けれど、幾分か真剣そうな瀬田の笑顔が返ってきた。

「…遠慮しときます」
「…どうしたんですか?僕はてっきり菜舞さんなら、馬鹿じゃないですか冗談は寝て言って下さい、とかって言うんじゃないかって思ってました」

少し焦ったような上ずった声で菜舞が言う。

「本当に言ってほしいんですか!?顔面偽笑顔!!」
「酷い言いようですね。もっと女の子らしくできないんですか?…さっきみたいに」
「黙って下さい!私よりも女の子っぽい顔つきしてるくせに」
「褒め言葉ですか?」
「褒めてるつもりはありません。寧(ムシ)ろ貶(ケナ)してます」

「…菜舞ちゃん?」

2人が後ろを振り返るとお婆ちゃん――すずゑが立っていた。

「あ、すずゑさん。どうしたんですか?」
「ちょっとこっちに来て」

すずゑが菜舞の手を掴む。老人とは思えない力で。

「え?え?ええ!!?」

菜舞は戸惑いながら、店の奥に連れて行かれた。
瀬田はポカンとした表情で、その様子を見ていた。


「菜舞ちゃん、さっきから見てるけど、そんなんじゃ駄目じゃ。そんなんじゃ」
「え?」
「あの坊やのこと、好きなんじゃろ?だったら、」
「え!?」

菜舞はさっきから、え、としか口にしていない。
だが、急に彼女の顔は真っ赤になる。

「見てたら解るわい。儂に隠しことは通用せん」
「え…」
「素直におなり、菜舞ちゃん」

すずゑは軽く菜舞の背中を押した。
早く彼のもとに行け、とでも言うように。


「…あの、瀬田さん」
「あ、大丈夫ですか?すずゑさん、凄い表情だったけど」
「言いたいことがあるんですけど、いいですか?」
「…? 何ですか?」

顔が赤く染まる。
まだ夕方にもなっていないのに。

「瀬田、さん…
 その薄っぺらい笑顔やめやがれええええ!!!!!!





やっぱり素直になれません
後ろでずっこけたすずゑ


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