東西南北 | ナノ



東西南北




冴奈は日の光を感じて目が覚めた。

「ん…」

彼女は低血圧で、人に起こされる時は殺気を感じないと起きられないが、自分で起きる時は問題なく起きられる。旅先で野宿にも関わらず、しっかり寝られたのは疲れていたからだろうか。
ふっと月岡の方を見ると、彼は寝ているようだ。外套を前でしっかり閉じて、顔は下を向いているため表情は掴めない。
寝るために羽織っていた外套から腕を出し、消えかけている火に薪を()べる。朝食は何にしよう。月岡に灰が降りかからないように配慮しながら、焚火に息を吹きかける。
ゴソっと月岡が動いた。火の熱を感じ、目覚めてしまったようだ。

「お目覚めか、月岡殿」
「…おはよう」
「朝食は何がよいだろうか」
「いや、いらない。ちょっと街道に出て、店に寄ろう。火を起こし直してくれたのに悪いな」
「とんでもない」
「なんか、嫌な感じがする」
「え?」
「見られているような、感じしないか?周りは見るなよ」

冴奈はハッとした。キョロキョロするなと言われたから辺りを振り返ることをしなかったが、気配を探す。少し遠くに感じる…気がする。
月岡は気づいたというのか。用心棒である冴奈は護衛の対象である月岡に言われるまで気づかなかったというのに。

「素早く立ち去るぞ」
「御意」

足で砂をかけ、薪に灯る火を消す。小さな砂埃が舞い、足に埃がかかる。
外套を羽織り、笠を被る。2人とも立ち上がり、歩き出す。

「月岡殿、心当たりはあるか?」
「全ての方面に心当たりがある」

彼は国民に正しい情報を伝えるために、日々活動している。その情報が、害になる者が月岡を狙っている可能性がある。
そういえば、この前月岡邸(と言えるほどいい長屋ではないが)付近にいた 不審な男はもしかして…。ただ、あの男にはどうも、政治的な貫禄を感じなかった。使いっぱしりか。

月岡の半歩後ろを冴奈が随行する。朝餉を食べてないので、体がまだ起きていない感覚だ。
だが、そんなことを言っている場合ではない。尾行か監視か定かではないが、近くに自分たちーー月岡に殺意を抱く者がいる。用心棒の出番だ。体が起きていない、など言い訳にならない。

ーー緊張感をもって月岡殿を守らねば。

寝ぼけ頭に鞭を打ちながら考える。
あの男が、月岡を狙う大御所の使いっぱしりだった場合、月岡邸前をうろうろしていたのはなぜか。確か、持っていたのは汚い木箱に入っていた………

「巻物………」

何が書いてあったのか。冴奈は、あの時暗かったし、月岡を邸宅に送り届けるために中身の確認をしてない。たぶん月岡も気にしてなかった。

しかし、翌日には何もなかった。
なかった、はずだ。あったら気付いている。あの男の所持していた箱も、真っ二つにした巻物も、長屋の道に残っているはずだ。朝、日が昇れば、必ず気づく。

それなのに、跡形もなく消えていた。

勝手になくなるなど考えられない。誰かが持ち去ったのだ。
冴奈が脅した、あの貧しそうな男はありえない。ビビって逃げ去って行ったからだ。そんな器ではない。

「走るぞ、冴奈」
「え」

月岡が笠を左手で支え、走り出した。歩幅は普段より広く、走っている(てい)だが、遅い。あくまで冴奈の走りと比べるとである。外套は翻っているが、この速さでは撒けるものも撒けない。冴奈は月岡の後ろを軽く付いていく。
ここにきて、やっと後ろから追ってきている2人組の気配を感じた。対象が逃げているので、少し焦っているのだろう。月岡は起きた時から気付いていた。冴奈は気づくことができなかった。経験の差だろうか。

「月岡殿、走るのか?」
「? 走っているだろ」
「随時 進む方向を教えてくれ」

冴奈は月岡の手をつかみ、背負い投げの要領で彼を背負った。

「おんーー!!?」

月岡は"おんぶ"と叫ぼうとしたが、物凄い速さを感じて口を閉じた。自分の舌を噛んでしまう危険性を直感した。

――なんだこの速さは!

尋常ではない速さ。月岡が思う最速の男の戦闘シーンを思い浮かべたが、多分あの男より、冴奈の方が、速い。
景色が輪郭を伴わず流れていく。色だけが移り変わる。こんな速さでは道案内できない。

「と…とま、れ!冴奈!」

冴奈はその声を聞いて、急停止した。当然のことながら風景に見覚えはない。
後ろを振り返って気配を探るが、追手がいる感じはしない。撒いたか。

「撒いたようだ、月岡殿」
「ごほっ」

この時代では感じることができない速さで移動した上に、それが急に止まった。咳込むのも当然だ。
月岡は辺りを見渡す。天に居座る日、自分たちの影の長さから推測するに、道は間違っていない。半刻も走ってないはずだが、今日1日進む予定だった場所に近い。それほどまでに冴奈の足は速い。

「その脚力、どこで手に入れた」
「師匠のもとで修業していた時だ」
「お前の師匠は強者(つわもの)なんだな」
「私では到底敵わない」

月岡は剣心を最強の人間だと思っていた。その上に更に強い者がいようとは。
冴奈は月岡を背中から降ろした。多少フラッとしたが、すぐに地に足着けて立つ。

「お前の足がこんなに速いとは思わなかった、助かった」
「私が走った方が手っ取り早いと思っただけだ。さ、道を急ごう」
「そうだな」

冴奈の脚のお陰で、旅程が1日早まる。追手も撒いたが、追手の黒幕が次にどのような手でかかってくるか分からないため、野宿などはあまりしない方がいいだろう。
路銀が減ってしまうこと、追手を使わすような相手を敵に回したことを憂いて、月岡はため息を吐いた。


2016.9.8.


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