東西南北 数日後、奇妙な噂が月岡の元に入った。 彼はその解明のために、決心をした。 「え?旅行、ですか?」 「旅行と言っても、取材だ。会津へ行くぞ」 「いつもは情報屋から情報を得てらっしゃるのに、何故今回は月岡殿が自ら?」 「気になることがあってな」 「…御意」 月岡は冴奈にはっきりと目的を伝えなかった。以前から多くを喋る人間ではなかったが、取材で会津まで行くと言う大掛かりで時間も金もかかることについて、何故明確な目的を明かさないのか。冴奈には解らなかった。 しかし、冴奈は月岡の用心棒である。同伴するに決まっている。移動中が一番敵に狙われやすく、警備を強化しなければならないだろう。といっても、1人しか用心棒はいないので、冴奈が気を張り詰めなければならないのだが、冴奈はやる気だった。 この前の用心棒らしい仕事を終えた今、次に控えた大きな仕事に胸を躍らせる。 ――この仕事はきちんと終える!そして。 冴奈は使命に燃えている。先日の怪しい人物を追い払ったことに、自信を持ったのだ。自信をもった人間は実力以上のものを出せるものだ。 …空回りしなければいいが。 「いつ出発致そう?」 「明日朝にしよう。準備をしなければなるまい。山を歩くからな」 「旅館には泊らないということだろうか?」 「そうだ」 「では食事と寝具と旅具を用意して参る」 「…オレは自分の寝具と旅道具を持ってるから、お前のだけ準備しろ」 「了解致した」 どんどん用心棒とお世話係の境界が曖昧になってきているような気がするが、冴奈は意気揚々と旅の準備に取り掛かった。 ------------ 冴奈は寝具と旅具を探して町を歩いていた。 今まで旅行したことがないし、比古のお使いで町に出た時も路銀を貰い宿泊施設に泊まっていた。したがって野宿はしたことがないし、どのような物を買えばよいかも解らなかった。 ちなみに、比古の所を飛び出して東京に来た時は、縮地を使って京都から離れたため、どこにも宿泊しなかった。一刻も早く比古から遠ざかりたかったし、兄に会いたいという気持ちが強かった。だから一文無しでも辿り着くことができた。 ――食事は、おむすびを握って行こう。寝具は…毛布くらいでいいのだろうか。旅具と言えば、手甲、草鞋、笠か…? 想像で揃えなければならないものを、数える。 ――野宿ということは火を起こさなくてはいけなくて……あれ、おむすびだけじゃ足りなくないか?おむすびはすぐ腐ってしまうから、途中で調達……? 混乱してきたようだ。知らないことに対して対処しなければならない時は、先駆者つまりそれについて知識を持っている人に尋ねるのが一番である。しかし、冴奈は誰に尋ねればよいか、見当がつかない。その知識さえも冴奈は持ち合わせていないのだ。 冴奈は引き続き町を歩く。通行人は竹刀袋を背負った彼女をチラリと見るだけで、表情を変えない。中身を真剣だとは思ってないようだ。 「冴奈さん?」 「ん?」 前から瀬田が歩いて来ていた。考えに更けていて、前方にいる知り合いの姿に気付かなかったようだ。 「おう、久し振りだな!」 「はい。お元気ですか?」 「いつもの通りだ!」 「何か、いつもより元気ですね」 「そうか?まあ今から会津まで行くんだ!だからかな」 「そうですか。確かに旅行は楽しみですよね」 「旅行じゃなくて、取材に出向く月岡殿の警護だ!」 「あ。仕事ってわけですか」 「そうなんだ」 「…本当に仕事好きなんですね」 「"何をすれば、目的が叶うか"…それが明確になったからな」 「僕も見つけないとなぁ」 瀬田がいつもとほとんど同じ笑顔で言う。 最初はきっと憧れだった。"彼"の背中は大きく、いつもそれを追いかけていた。幼い瀬田は"彼"の、 冴奈はよいことを思いついた。瀬田との出会いを思い出したのだ。彼は全国を回ってきたのではなかったか? 「瀬田。今から暇か?」 「時間はありますよ」 「ちょっと買い物に付き合ってくれ。会津に行かないといけないのに、何がいるのか解らないんだ」 「あれ?もしかして旅は初めてですか?」 「長旅はしたことなくてな。おむすびって結んで行った方がいいのか?」 「うーん。初日のお昼くらいなら持って行ってもいいと思いますけど、それよりいるのは水ですね」 「成程な」 「水も重いですから、水筒が一番大事だと思いますよ」 「ほう」 「一緒に買いに行きましょう」 「感謝する」 「いえいえ」 竹刀袋を背負った女と笑顔を絶やさない男が、肩を並べて繁華街に向かって歩き出した。 それを見ていた男、彼はサッと人ごみに姿を隠した。 2014.5.6./15.3.5. [←] [→] [back] [TOP]
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