05:強がるけど胸の高鳴りに触れたい
道場にて、今日も鍛練をする。近頃は年下の子も増えてきて教えることがもっぱらだ。
『あんたたち休憩しなさい、もうそろそろ腕を痛めるわよ』
銀時たちの所に声を掛けるとわァーったよ、と気だるそうな声で返される。
ふと振り返るとある人物がいることに気付く。
『あぁ、銀時ね、銀時!あんたにお客さん!』
「オイ、いい加減にしやがれ、何回道場破りに来れば気が済むんだてめェはコノヤロー」
『何だかんだあんたも楽しみにしてるじゃない』
「名前、てめェ適当言ってんじゃねーよ!」
「俺が勝つまで」
性懲りもなく毎日律儀に来る男、と横目で見る。ただ、来れば来るほど銀時との差は縮まってる。これ銀時がやられる日も近いんじゃない?と本人に言ったらひどく不機嫌そうにされた。
『一本』
その日は意外にも早くやって来た。沸き上がる歓声に苦笑いが溢れる。
「スゲェェェェェ本当にあの銀時に勝っちゃった!!」
「今迄誰も勝ったことなかったのにスゲーよ!」
「やったな!よく頑張ったよお前!!」
突きで決めた少年に一気に皆から祝福の声があがる。
「馴れ馴れしくするんじゃねェ!俺とお前らは同門か!?」
「アラ、そうだったんですか、てっきりウチに入ったのかと思ってました」
にこやかな顔で道場に入ってくる松陽先生を見る。
「だって誰より熱心に毎日稽古に、道場破りに来てたから」
「オイィィィィィィ何アットホームな雰囲気に包まれてんだ!」
もう一人の主役の声が聞こえてそちらを見る。
「誰の応援をしてんだそいつ道場破り!!道場破られてんの!!俺の無敗新話破られてんの!!笑ってる場合かァァ!!」
銀時がプリプリ怒り出すのに笑いを堪える。
「少しは負けた味方をいたわる気持ちはねっ…」
「もう敵も味方も関係ないさ、さっ皆でおにぎりを握ろう」
「敵味方以前にお前誰よ!!なんで得体のしれねぇ奴が作ったおにぎり食わなきゃならねェんだ!!」
「誰が食っていいと言った!!握るだけだ!!」
「何の儀式だ!!」
「あ、すみません もう食べちゃいました」
「早っ!!」
あまりにも自由すぎる人たちに思わず笑いが止まらなくなった。気が付けば皆が笑っていた。
おにぎりの食器を片付けようと廊下に出ると銀時と高杉という少年が見えたので柱の影に隠れる。
「オイお前高杉っつったか、一度勝ったくらいでつけあがんなよ、てめェが奇跡的に俺から一勝する間に俺はお前に何勝した?」
高杉という少年が立ち止まる。
「俺に本当に勝ちてェなら負け分取り戻してェなら明日も来い、次勝つのも俺だけどな」
普段なら寝てる時間だが今日は特別だ、
「ったく何でお前まで来るかな?俺1人で片付けられるっつーの!」
『鳥頭のくせして何言ってんのよ!あんた1人じゃ心配だから来たんでしょ!あれ、もう何か来てる人いるわよ?』
「名門の二人?笑わせるな」
『ちょっと、何無視してんのよ!』
「国家転覆を狙う反乱分子を育成する悪の巣、松下村塾悪ガキ4人の間違いだろ」
「!!」
「お前らは…!!何故ここに!!逃げろと言ったはず」
「そりゃ松陽の話だろ、何で俺らまで逃げなきゃならねェ、それに学校の遊び方から夜遊びまで覚えたんだ」
鼻くそを飛ばしながら話す銀時を見る。
「もうてめェら立派なウチの門下だ、別れの挨拶位来るさ」
『後は任せなさい、あたしたちはもともと流れてここにいただけだから構わないけどあんたたち2人は違う。これ以上関わったら士籍を失うわよ?』
「…戻る場所なんぞあったらハナからここに来ねェ」
「お婆ァが死んでから既に天涯孤独の身、元よりこの身を案ずる者などいない」
少年たちを見る。
「何より士籍などという肩書きを必要とするものにもうなる気はない」
「もしそんなもんがあるなら誰に与えられるでもねェ、この目で見つけこの手で掴む」
「……そうか…じゃあもう何にも言わねェ」
「オイ、そこの童ども、こんな夜更けに何をやっている、貴様らどこの家の…」
「松下村塾、吉田松陽が弟子、坂田銀時」
『同じく苗字名前』
「同じく桂小太郎」
「同じく高杉晋助」
参る!!という掛け声と共に走り出す。
「なっなんだ!このガキども!」
「抜かないでください」
「!!」
「そのまま剣を納めて頂きたい、両者とも」
先生がゆっくりと歩く。
「どうか私に抜かせないでください」
「!!」
「吉田松陽、貴さっ…!!」
「私のことを好き勝手に吹聴するのは構いません、私が目障りならばどこへなりとも出ていきましょう」
ゆっくりと淡々に静かに話す先生に誰もが身動きが出来ない。
「…ですが」
パキィィンと大きな音がする。
「剣を私の教え子たちに向けるのならば私は本当に国家位転覆しても構いませんよ」
情けない悲鳴と共に散り散りになる敵を眺める。
「…松陽」
「やれやれ教え子は巻き込まないようにみんな家に帰したつもりでしたがこんなところにもまだ残っていましたか悪ガキどもが」
にっこり笑うその顔に安心をする。
「でもすみません道場破りさん、破るにももう道場も学舎もなくなっちゃいました」
「心配いらねェ、俺が破りたいのは道場じゃねェあんただよ松陽先生」
「先生我等にとっては先生がいるところなら野原であろうと畑であろうと学舎です」
「それにあんたの武士道も俺たちの武士道もこんなもんで折れるほどヤワじゃないだろ?」
「…やれやれ、銀時、名前こりゃまた君たち以上に生意気そうな生徒を連れてきたものですね」
「そうだろ」
銀時がこちらを見てどや顔で鼻くそを飛ばす。
「そうですか早速路傍で授業を一つ」
何の話をするのだろうと先生を見れば視界が一気に地面で埋め尽くされる。
「ハンパ者が夜遊びなんて100年早い」
あまりの痛さに悶絶しながらも先生を見れば、
「松下村塾へようこそ」
初めて会った時の笑顔がそのままあった。
学ぶ場所を失ったはずなのに誰1人として悲観的に捉えてるものがいないのだろう、むしろここから始まる新しい日々に胸の高鳴りを押さえられない。
「坂田銀時だ、」
ぶっきらぼうに自己紹介を始めるこいつも同じだろう、
『苗字名前よ、よろしく』
「桂小太郎だ、高杉、貴様も挨拶をしろ」
「……」
「高杉!お前が自己紹介しないと銀時も名前も貴様をどう呼べばよいか分からぬだろう!高杉!」
「思いっきり言ってるんですけど、高杉って思いっきり言ってますけど」
まさに誰1人として始まりは違った、誰1人として同じ方向は見ていない。
クスクスと噛み殺した笑いが漏れる。
『松陽先生、これからどこへ向かうんです?』
きっと誰もがこの太陽に惹き付けれてやって来た。皆が皆、この光に照らされてるのだ、
「何処へでも参りましょう、さぁ行きますよ」
その大きな背中に着いていけば怖いものなんてなかった。