ヒラヒラと花弁のように空から降ってくるのは雪。初めて見た。流星街の薄暗かった何もない真っ暗な世界に少しだけ光が射し込んだ気がした。真っ暗な世界に真っ白な世界。二つとも全く別なように見えてどちらも似ている。
空から降ってくる雪がどんどん地面を覆っていく。あぁ白い。フゥと息を吐くと目の前が白くなった。流星街に冬がやって来た。
「クロロ…本当に…行くの?」
目の前にいる彼、クロロは無表情のまま頷いた。流星街を出て行くなんて…。別にそれは勝手だと思う。私も一緒に連れて行ってくれるのら。でも、私は一緒に行けない。クロロ達の足手まといになるから。零れるそうになる涙を何とか押しとどめ私より頭一つ分くらい背が高いクロロを見上げた。
「クロロ…行ってらっしゃい。」
サヨナラと言わないのは私の意地。クロロは絶対に帰ってくると信じて。貴方の帰る場所はここなのだと言う為に。だから私はサヨナラを言わない。この別れが最後じゃない事を願って。
「あぁ。行ってくる。」
置いて行かないで!その言葉を涙と共に呑み込んだ。クロロ…クロロ…。私を1人にしないで。行かないで。置いて行かないで。ただただ、彼の背中が遠ざかって行くのを見送る事しか出来なかった。
大丈夫。クロロは必ず戻ってくる。クロロの背中が見えなくなると私の目から大粒の涙が流れ出した。
「っ!ク…ロロっ!っ。」
嗚咽の中で彼の名前を呼んでも、もうその声に答えてくれる彼はもうここには来ない。
でも、私は信じてる。クロロは…帰ってくる。
*
流星街にもう何度目か分からない雪が降った。ヒラヒラと花弁のように降る雪。あぁ…彼がこの流星街から出て行ったのもこんな日だった。幼かった私達は、あの頃に比べると月日がたち大人になった。体だけ、私の時間は、あの日から止まっている。
いってらっしゃい、と彼に告げていったい何年の月日が流れただろう。彼から私はまだ、ただいま、という言葉を聞けていない。シンシンと降る雪を窓の外を見ながら、私の頬に一筋の涙が流れる。もう、彼は帰ってこないのだろうか。今の私ならいつでも流星街を出れる。でも、出ようとしないのは私の意地だ。
あの日、クロロはしっかりと、いってくる、と言ったのだ。必ず戻ってくる。流れる涙を指ですくい上げもう一度、窓の外を見やった。
「クロロ…。」
もう何年も前にこの流星街を去った彼の名前をポツリと溢した。
キィ
ボロボロの私の家のドアが不気味な音を立てて開いた。ガタッと瞬時に椅子から降りて戦闘態勢に入る。
侵入者?
そんなバカな。私は、これでも念を使えるし、私を捕まえにきたハンターだって何人も殺した。そんなに弱くない…筈。その私が家に誰かを侵入させるなんて…。それほど、敵が強いという事だ。体の隅々まで神経を尖らせドアの向こうの侵入者を待ち迎える。ドアを開けた瞬間に殺してやる。
手に持っていたベンズナイフを握り直した。
力を入れた瞬間それは、見事に打ち砕けた。
ガラン。
音を立てて私の手からベンズナイフが滑り落ちる。目の前にいるのは、私が何年も待ち焦がれていた彼の姿だった。昔に比べると随分と背も伸びている。でも、あの独特の雰囲気は変わらない。
私の瞳に映るのは、会いたくて会いたくてずっと待ち続けていたクロロ。
「ただいま。」
私の瞳から流れだす涙は、今まで流してきた涙とは正反対の涙だった。あぁ、待ち焦がれていた彼が今、目の前に。遅いよ、バカ。
「おかえり。」
涙でグチャグチャの顔で精一杯笑顔を作りクロロを出迎えた。
「遅くなった。」
クロロのその言葉と共に私はクロロの腕の中に包まれた。あぁ。懐かしい。クロロの匂いだ。随分と逞しくなったクロロの背中に自分の腕をそった回した。
「遅いよ。バカクロロ。」
おかえり。私の愛しい人。
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