Buonasera! | ナノ


▼ 10

今日は休日。
この普通の学校と違う桜葉学園にもちゃんと休日がある。
……といっても日曜日だけなんだけど。

そんな日曜日のある日、私は街に来ていた。
街といっても学園の敷地内にある。
森もあるし街もあるし、敷地が広すぎて頭が追いつきません。


「……あ、やぁ芹菜チャン。こんにちわー」

「あ、うん。こんにちわ、新井くん」



私が街に来たのは、新井くんに会うためだった。
……というのも、前に図書室で頭に本をぶつけてしまって、あの後”許して欲しかったら今度俺と会ってよ”とか言われてしまったからだ。

そういえばあのときの事忘れてたけど、許してもらった記憶はない。
ということで私には断るという選択肢がなかったわけである。

だって断ったらあのおっきな鎌で斬られそうだし!!



「じゃあ芹菜チャン、今日のデート楽しもうねー」

「……え、で、デート!?」

「そうだよ。何だと思ったの?」

「いや、前に本ぶつけちゃったお詫びの付き添い、みたいな……。もしくは買い物、とか」

「もちろん買い物はするつもりだよ。でも、男女2人で出かけるんだからこれは立派なデートでしょ?」


目を細めてニコリと微笑むものだから、私は少しだけドキリとした。

新井くん、左目は黒い眼帯で見えないし見えてる右目は隈があるけど、凄く整った顔立ちしてるんだよね。

だからこうやって微笑まれると、少しだけ緊張してしまう。

……こんなこと口が裂けてもいえないけど。



「……と思っても聞こえてしまうのが俺の能力なんだけどなー。いつになったら覚えるのかなぁ」

「あッ!!」


しまったァァァ!!
そうだよこの人読心術使えるんだった!!
前も同じような失敗した気がするし、学習力なさすぎだ自分!!



「……でも、悪い気はしないよ。それに、これだけで緊張しちゃうなんて……可愛いね……?」


顔を覗き込まれ囁くように言われて、私はまたドキリとしてしまった。
ち、近い……ッ、近すぎるから!!


「まぁ、そんな可愛いこといっても許す気はないんだけどね?」


さっきとは違う、完全に目が笑ってない笑顔を向けてきた。
いろんな種類の笑顔をお持ちのようで……!!

こ、怖い……!!


「……さっきのも良かったけど、今の怯えてる顔もいいね。か弱い小動物みたいで。俺的にはこっちの顔のほうが好みかなー」


う、嬉しくない!!










「……それで、結局どこにいくの?」


いろんなお店が並んでいる場所まできて、ふと目的の場所を聞いてなかったことを思い出す。

買い物をするとかいってたけど……。


「うん。買い物もそうだけど……まずは服を買わなきゃね」

「……ん?服も買うなら、それも買い物でしょ?」

「俺の買い物じゃないよ。服は芹菜チャンの買い物」

「え?」

「俺の隣を歩くのに、そんなテキトーな格好でいてほしくないんだよね」


ニコリと微笑まれるが、明らかに馬鹿にしてる顔だ。

……まぁ確かに、今の私の服装は細身の黒っぽいパンツに長袖の白いシャツくらいしか着てないけども。

そこまでハッキリ言わなくてもいいのに!!


「センス無いんだねー」

「大きなお世話!!」

「仕方ないから今日は特別に、俺が芹菜チャンのために服を選んであげる」


クスリと笑うその姿はとても絵になっている。
ちくしょう、イケメンじゃねーか!!








新井くんに着いていくと、白を基調としたシンプルだけどオシャレなお店に辿り着いた。
いかにも女の子って感じの……うん。


「……新井くん」

「んー?」

「ここのお店の服さ、絶対可愛い系の服だと思うのね」

「そうだね」

「……私に似合うと思ってます?」

「え、何、それ遠回しに俺の目がおかしいっていってる?」


ちげーよッ、深読みしてんじゃねー!!


「似合うと思ったから連れてきたんだよ?ほら、早く入ろう。時間勿体無いよ」


渋々といった感じで私もお店の中に入る。


店内も外と同じでシンプルなつくり。
ラックには白や花柄のワンピースだったりカーディガンだったり、ピンクのパンプスなんかも置いてあった。
中には紺色のカーディガンやプリーツスカートなど、落ち着いた感じの服もある。

でも全体的に見ると白がメインのふわふわイメージのものが多い。


「……ここの服着た女の子は綿毛みたいに飛んでっちゃいそうだね」

「芹菜チャンの頭の中ってお花畑なんだねー」


……あれ、なんか凄く馬鹿にされたような……。



「じゃあちょっと待っててね」


そういって新井くんは店内を歩き、色んな服をみてまわっていた。
気になった服を手にとって考えているその顔は真剣そのもの。

そ、そんなに悩むの……?
私の今着てる服がダサすぎるからそんなに頑張って選ぼうとしてんの!?

……それはそれでショックだ。



ただ、新井くんは優柔不断ではないようで、悩みはするものの選ぶのはわりと早かった。


これに着替えてねーといわれ、店員さんに試着室に連れていかれ、渡された服を着てみたのだが……。


……サイズピッタリなんだけど。
え、怖い……これも能力でわかっちゃった的な?
え?怖い!!



シャァァ!!

「着替えたー?」

「あぎゃァァァ!?」


いきなり試着室のカーテンを開けられた。


「ちょ、ちょっと!?聞く前に開けるな着替えてたらどうするの!!」

「目を手術しにいくよ」

「どういう意味だこのやろー!!」



そんな言い合いをしながらも新井くんは私の後ろに立って鏡に映った私を上から下まで見る。


裾にレースがあしらわれている真っ白なワンピースに、紺色のカーディガン。
そして足元はこれまた真っ白なパンプスだ。



「……うーん、芹菜チャン、ちょっとそのまま鏡のほう見ててね」


そう言われたのと同時に、右下で結っていた髪を下ろされる。


「えっ、」

「せっかくだから髪型も変えちゃうね」

「あ、で、でもその髪留め、」

「うん、校長から配られたやつでしょ?」


そう、いつもつけている髪留めは校長から配られた能力を抑えるためのアイテム。
私の場合はあんまり関係ないかもしれないけど、一応毎日つけるようにしている。

何かあったら怖いしね。



「はい、できた」

「えっ?」


そんなことを考えていると、あっという間に髪のセットが終わっていた。

さっきまでは右下で結っていただけだったのが、今はゆるい三つ編みになっている。


わ、わ……っ!!
す、すごい……綺麗な三つ編み……!!

着替える前と今とじゃ全然違う。
女の子は着ている服や髪型でガラッと印象が変わるっていうけど、まさにこれのことかもしれない。

いつもはテキトーな格好してるけど、私だってオシャレに興味がないわけじゃない。

だからこうやって初めて人にコーディネートされるととても嬉しい。


今の私はここまで変わったという興奮が何よりも優っていた。
その興奮を抑えきれないまま私は新井くんのほうへ振り返る。


「……っ新井くんすごいね!!」


私のその嬉しそうな顔に新井くんはきょとんとしていた。


「私、こういう服ほとんど着たことないから選び方とかわかんないし。だから、あんなに早く選んじゃうなんてすごいなぁって」


少し驚いたような顔をした新井くんだけど、すぐにいつもと同じようにクスッと笑う。


「俺が選んだんだから、似合わないわけがないよ」

「うん、ありがとう」

「可愛いよ。…………服が」

「うん……ん!?えっ、服!?」

「あははー冗談だよ。芹菜チャンもちゃんと可愛いよー」

「何で棒読みなんだよ!!」


褒めたのに!!
褒めてやったのにィィィ!!
ムスッとした私をみて吹き出す新井くん。
人の顔みて笑うとか失礼な奴だな。


結局この服は買ってもらってしまった。
選んであげるとはいってたけど、まさかまさか全部買うとは思わないじゃん?
さすがに悪いとは思ったけど、新井くんに軽く流されてしまった。
お、お金……あるんですね、とても感謝です。

お店を出ようとしたとき、新井くんはくるっと振り返る。


「お手をどうぞ、お嬢さん」


紳士みたいに綺麗に微笑んで私に手を差し出す。
とりあえずどうしていいか分からなかったけど、ここで突っ込んだら雰囲気を壊しそうだったので黙る。

……おそるおそる、差し出された手に自分の手を重ねた。
なんとなく恥ずかしくて俯いていたから、目の前の彼が優しく笑っていることには気付かなかった。







「うーん、やっぱり高いねー……」


新井くんにエスコートされて次に入ったのはレンガ造りのお店。

あちこちに植物のツルが巻きついていて自然なイメージがあり、中に入ってみると、テーブルや棚にはたくさんの小物が置いてあった。


それにしてもこのお店は暗いなと疑問に思う。
電気はついてないのかと思い、天井を見上げるがそんなものは一切無かった。

……というより、



「……、え?ほ、星……?」


お店の天井には満天の星が広がっていた。

現実ではありえないけど、獅子座や乙女座、水瓶座などの12星座が全てそろっていて、どれがどの星座なのかわかりやすいように星座に合わせて絵も描かれていた。

そしてさらに地球や水星、金星などの太陽系惑星の縮小版が天井付近をゆっくりと動いている。


な、何ここ……!?
すっごく幻想的なお店!!



「中々素敵なお店でしょ、ここ」


新井くんは小さく笑みを浮かべながらそういった。


「うん……!!なんか、魔法みたい!!」

「そりゃあ魔法使い専門のお店だからね」


…………ん?


「ま、魔法使い……?」

「そうだよ。魔法が使える能力を持つ人だっているからね。もちろん魔法っていってもいろんな種類があるから、魔法が使える人が1人とは限らないけど」

「……ほ、ほー……」


本当に何でもありなんだな、ここって。
ファンタジーの世界なんて本とかでしか見たことないから、こうやって実際に見ても実感がわかないよ。



「……あれ?魔法使い専門のお店ってことは、やっぱり商品は魔法が使える人用のものがほとんどだよね?」

「うん、そうだね」

「……新井くん、魔法も使えるの?」

「まさか。俺の能力は読心術だよ。武器と能力の併用はできても、能力同士の併用はできない」


そう言いながら新井くんはさっき見ていた机に置いてある小瓶をいくつか手に取る。
小瓶の中にはそれぞれ色の付いた粉のようなものが入っている。


「……それは何?」

「ん?あぁ、これは星の砂を粉末状にしたものだよ。この粉と聖水を混ぜ合わせることで色んな薬がつくれるんだ」

「……怪しげな薬?」

「あはは、芹菜チャンって馬鹿なの?あぁ、馬鹿だったね」

「おいこら」


自己解決するな!!


「俺には魔法が使える友人がいるから、その人に傷薬とか解毒剤とかつくってもらうんだよ」

「え、普通にスーパーとかで売ってるやつじゃダメなの?」

「魔法の能力を甘くみないでほしいな。そこらに売ってるやつより即効性があるんだよ」


”理解出来たかな、無知なお嬢さん?”なんて言いながら頭を撫でられる。
むすっとして睨みつけてもニコニコ笑顔を返されるだけだった。

無念!!



回復系の薬はそれなりに値段も高く、大量買いなんてことは滅多にできないらしい。

ということで星の砂を粉末状にしたやつ……長いから星の粉でいいや……を、2つと聖水1つを購入。


私もお金貯まったら買おうかな、なんて思ったけど、そういえば私には攻撃が当たらないみたいだから怪我はしない。

つまり回復系の薬がいらないってことになるのかな。
まぁ、まだ本当に全ての攻撃が当たらないのかはわからないし……、だからといって戦闘に首を突っ込んで寿命を削ることなんかしないけど。


ちなみに、この学園の通貨は”ジュエル”というらしい。
1円=1ジュエルだから数え方に混乱はしないけど、一般人が持っているものとは少し違うため、この学園の敷地内でしか使うことができない。

月ごとに自分の講座に振り込まれるみたいだけど(ここには銀行もあるらしい)、会社のように決まった金額が入るわけではない。

その月の自分の成績によって振り込まれる金額が変わるから、普通に生活していれば基本給、努力して成績をあげれば基本給に能力給がプラスされる。

でも成績が悪いと基本給すらもらえない場合もあるらしい。

……恐ろしいな!!



お店を出て、ふと空を見上げる。
時間的にはそろそろ夕方なのだが、分厚い灰色の雲によって、あのオレンジ色の空を見ることはできなかった。

さっきまで晴れてたのになぁ。
まぁでも一応折りたたみ傘は持ってきてるし大丈夫でしょ。

バッグの中を見て傘があることを確認する。
うん、ちゃんと入ってる。


さて、次はどこにいくのやら。
それとも買い物はこれで終わりなのかな?

そう思って新井くんの方へ振り向く。



「…………、え?」



振り返った場所には、誰もいなかった。







「……あ、新井くん?」


きょろきょろしてもあの緑色の頭を見つけることはできなかった。

もしかして私、先にお店出ちゃった?

そう思ってお店の方へ振り向く。


「……あれ?」


なんということでしょう。
さっきまでそこにあったレンガ造りのお店は影も形も無くなっていた。

何これ、魔法?
もしかしてこれも魔法なの!?


そして、もう1つ気付いたことがある。


「……誰も、いない……?」


お店に入るまでは普通の商店街と変わらないくらい人がたくさんいたにもかかわらず。

ちょっとしかいないでもなく、ほとんどいないでもなく。


全く、いない。


よく、無音を表すとき”シーン”という効果音を使う。
その音は誰かが言っているわけではないので、本来聞こえるはずがない。


その音が聞こえるくらい、何の音も無い。

あるものといえば、色んなものが売っているであろうお店だけ。
店員も客もいない、商品が置いてあるだけの建物がズラリと肩を並べて建っている。


な、何……これ。
どうして、誰もいないの?

恐ろしいほど閑散としているこの場所は、とても生きた心地がしなかった。


ずくりと、心臓が嫌な音をたてる。

よくわからない。
でも、ここにいるのは良くない気がする。
胸のざわめきが嫌というほどにわかる。


嫌だ、ここ、すごく嫌だ。


そんな私に追い打ちをかけるかのように、私がいる場所の少し先で異変が起こった。



街の入口にある建物が、一瞬のうちに消えた。

目の錯覚かと思ってもう1度目を凝らしてその場所を見ると、次はその隣の建物が消えた。

そしてまた隣の建物が、さらに隣の建物が、次々と消えていく。
その部分だけぐにゃりと空間が歪み、ぼやけたと思ったらスーッと消えていく。

その消えていく順番は、入口から順に、こちらへと向かってくる。

ひたひたと不気味な足音が迫ってくるような感覚に、背筋がぞわりとした。


……ここにいたら、ダメ。


これ以上見たくはないその光景は、まるで録画した映像を連続で再生しているよう。

頭に焼き付いて離れない、厄介な代物。


ジリ……ッと一歩後ずさりすると、また1つ建物が消えた。
もう一歩さがると、また。

消えていくスピードが速まっている。
私の方へ、向かってくる。
私を、追いかけている。

私を…………、


その先を考える前に、私は全力で走った。

嫌だ。
”あれ”に、捕まりたくない。

走る、走る。
転けそうになってもなんとか踏ん張って地面を蹴る。
絶対に後ろは振り向かない。
振り向いたら、2度と戻れない感じがしたから。


前だけを見る。
走る。
息苦しい、辛い、でも走らなきゃ、逃げなきゃ。


お願い、来ないで。






気付いたとき、私は森の中にいた。
無我夢中で走っていたから、きっととんでもないところまで来たんだと思ったけど、ここは知ってる。

前にも何度か来たことのある、白道とかの練習をした森だ。

サーッと風が吹くと、周りの木の葉がざわめく。
そよ風が頬を撫でるように通り過ぎていき、葉が揺れる音はまるで森が歌を歌っているようで、とても心地よい。


そんな穏やかな気持ちに浸っていた私は、ゆっくりと後ろを振り返った。

そこにあるのは森だけで、いつもの風景となんら変わりはない。
そして不思議と、さっきまでの恐怖感は無くなっていた。

なんだったんだろう、さっきの。
思い出そうとすると、身体がぶるりと震えてそれを拒否しようとする。

それほど怖かったんだ。


……それにしても、新井くん、どうしよう。
もしかして彼も私と同じ目にあってるんじゃ、と考える。
あり得なくはないだろう。


探しにいったほうが、いいかな。
でもまたあの場所にいくのはできれば遠慮したい。


そうだ、街の入口の方へいって遠くから見ればいいんだ。
入口の建物は消えてしまったから、もう消えるものが無いんだし、そっちから見た方が少しは安全……な気がする。



そんなことを考えていると、ポツリと水滴が頬を濡らした。


「、あ……雨だ」


灰色というよりもっと黒っぽい分厚い雨雲からポツポツと雨が降り始め、次第にその勢いは増していった。

うわ、最悪だ。


このままここにいても濡れてしまうと思い、雨宿りできそうな大きい木はないかと探す。

そして運がいいのか、その木はすぐに見つかり私は迷うことなくその木の下に入った。


……って、そういえば私傘持ってるじゃん。

さっきのことが相当こたえているのか、自分の持ち物さえ忘れていた。

よし、これでなんとか帰れる。


バサっと折りたたみ傘を開く。
白地に水色のラインの入ったシンプルなやつだ。

そして雨の中を一歩踏み出してふと横を見る。



「…………」


今度は別の意味で驚いた。

今日は休日だけど制服を着て腕組みをして木にもたれかかって立っている、綺麗な紫の髪が特徴の人。


……何で翔音様がこんなところに。
しかも同じ木の下で!!

彼は今目を閉じているから、私が見ていることには気付いていないだろう。

それをいいことに私は改めてジッと見てみた。

肌は陶器を思わせるように白く艶やか、長いまつ毛、スッとした鼻筋、薄いピンク色の形のいい唇。
全てが完璧に揃ったその顔は、まるでマネキンのように整っている。

それこそ、怖いくらいに綺麗だ。



「…………何」


見つめすぎていたのか、閉じていた目をゆっくりと開け、その赤くて大きな目をこちらに向けてきた。

ひぃ……ッ、ばれた!!


「ご、ごめんなさい……、つい、綺麗な顔してるなと、思って……」

「……馬鹿なの?」


うっ……、す、すみませんね!!
貴方にとってはくだらないことかもだけど、綺麗なものみたら普通は誰だって見惚れちゃうんだからね!!


はっ……でもいきなりこんなこと言われたら怒るかな……!!
お前何、ミーハー?みたいな!!
いや、断じて違う!!

おそるおそる翔音様の方をみるが、彼はすでに私のことなんか見てもいなかった。
それに、とくに怒ってる様子もない。

よ、よかった!!


ふと見ると、翔音様は何も荷物を持っていなかった。
何しにこの森に来たのかは知らないけど、休日なのに手ぶらなんて。

当然傘なんて持ってないみたいだから、こうやって雨宿りしてるのか。


ど、どうしよう。
すんごく帰り辛い!!

だって私は傘持ってるけど、持ってない人の手前さっさと帰るのも気が引けるし、だからといって一緒に入るとか無理だし、だって相手は翔音様!!

何これ、帰るか帰らないかだけなのに究極の選択すぎる!!








「……あ、あの、」


思い切って声をかけてみる。
こちらには見向きもしなかったけど。


「何で、森に来たの?」

「……聞いてどうするの」

「え、いや……どうっていうわけじゃ、ないけど……気になった、から?」


か、会話が続かない……!!
いやまぁわかってたことだけど!!
ほんとにどうしよう。
帰りたい!!



「……あんたさ、よく会うよね」

「、っえ?……あ、そう、だね……?」


まさか翔音様のほうから話しかけてくるなんて思わなかったから、声が上擦ってしまった。


「……狙ってるの」


疑問形じゃない質問をされる。
何か、確認をとっているような言い方だ。

……にしても、狙ってるって何だ?
もしかして首か!?
前に私も首傷付けられたからそれの仕返しーみたいな?
いや無理無理、私ごときが貴方様に勝てるわけがない。

じゃあ何だ?
財布か?財布なのか?
確かに翔音様のランクは最高ランクだからお金はありそうだけど……。



「わ……私は強盗なんか、しませんよぉ〜……!!」


おそるおそるといった感じでそう答える。
そして翔音様は私の言葉に一瞬眉をしかめたが、その後小さくため息をついた。



「……あんたと話してると疲れる」

「え」

「星ナシは早く帰って、邪魔」


ひ、酷すぎないかこいつ!?
そんな邪険にしなくてもいいのに!!
……というか、



「わ、私……っ、もう星ナシじゃないよ!!一ツ星に上がったもん!!」

「……俺からしたら、星ナシも一ツ星も変わらないよ」


反論のつもりでそう言い返してみるが、バサっと切り捨てられた。

そ、そりゃあそっちは素晴らしい成績だものねぇ!?
私みたいな底辺はどのランクにいても変わんないってことか!?

むぅぅ自分がちょーっと成績とか顔がいいからって……ちょっとどころかかなり綺麗だけどさ!!


あぁ、もう帰るよ、帰ってやんよ!!
その前にちょっと街に寄るけどすぐに寮に帰ってやるわ!!


…………。



私はパシッと翔音様の手をとって強制的に傘を持たせた。


「よかったらどうぞ使ってください!!木よりは遥かに役立ちますよーっだ!!」


子供の反抗期のような態度でそういうと私は一目散にその場から立ち去った。

そのときの私は翔音様の態度に苛立っていた。
だからこんな幼稚な反撃をしたのかもしれない。

翔音様の顔見ないで逃げちゃったからどんな表情で受け取ったかはわからないけど、あんなこといっちゃったし確実に殺られるよ私。

そのまま帰ってもよかったけど、なんか……うん。


……もういいや、済んだことを気にしててもしょうがないし、さっさと街にいって新井くん探さなきゃ!!






しとしとと雨が降る中、私は街へ向かって走っていた。

あーあー、せっかく新井くんに買ってもらった服なのになぁ。
寮に帰ったらすぐ洗濯しよう。


そう思いながら走っていくと、目的の街に近づいてきた。
入口の方に向かって速度を上げ、正面に差し掛かったところでピタッと足を止める。



「…………あれ?」


その街は最初に来たときと同じ、お店がズラリと肩を並べて建っていて、傘をさした人たちでいっぱいだった。







あれ、おかしいな。
ここ……さっきの街、だよね?
確かにあのとき、建物が次々と消えてなくなったはず……。

それなのに、そんなことはまるで無かったことのように、人で賑わっている。

……どういうこと?



そのとき、私の頭の上の雨が止んだ。


「……芹菜チャン、見つけた」


顔を上げると、少し息を切らした新井くんがいて、私を傘に入れてくれていた。
その顔は、どこか寂しそうに見える。


「ビショビショだね。傘持ってないの?」


新井くんが質問してきたけど、私は答えることができなかった。

……新井くんがいる。
本物だよね?
何ともないのかな?
街が消えたところ、見てないのかな?


「……あのね……!!さっき、街が消えたの」


私がそう話を切り出すけど、寂しそうな表情は変わらない。


「お店でたら急に誰もいなくなっちゃって、新井くんもいなくて……、どんどん建物とか消えてくし、それが私の方に迫ってきて……」


そこまでいったとき、頭に少し重みを感じた。
それが新井くんの手だと気づくのは、そう時間はかからなかった。



「ごめんね」

「……え?」

「……怖い思い、させちゃった」


確かにあのときはすごく怖かった。

鏡を見なくたって、自分の顔が青ざめていたことは容易にわかった。
ひとつずつ消えていく建物が、まるでカウントダウンのように思えたくらいだ。

身体が震えても、息が苦しくても、膝が震えても、足が重くても。

……走らなきゃ。

あの時の私の頭の中はそれだけでいっぱいだった。
じゃないと、私まで、消えてしまうんじゃないかって……だから全力で逃げたんだ。


でも、どうして新井くんが謝るの?



「……それはね、幻覚だよ」

「……げ、幻覚?」

「幻術使いもいるんだよ。だからあれはそいつのせい。幻術はかかりやすい人とそうでない人がいるけど……運悪く芹菜チャンはかかっちゃったみたいだね」


幻覚……。
人がいなくなったのも、建物が消えていくのも、全部幻覚?


「そういうのを面白半分にやる人がいるから。まあ見つけ出してお仕置き済みだけどねー」


うわ、なんといういい笑顔。


「お店出た後何度も芹菜チャンに呼び掛けたんだけど、真っ青な顔して俺の声に気付いてなかったみたいだったからねー。そのあと幻術使いは現れるし、芹菜チャンはどっかへ走って逃げちゃったしで、てんやわんやだったよ」


あははーって笑いながらいってるけど、何でそんなほのぼのしてんの!?
私めっちゃ怖い思いしたからね!?

まぁでも、助けてくれたのは嬉しいし、さっき息を切らしてたのは多分……、



「……あ、ありが、とう」

「ん?」

「私を、探してくれたん、だ……よね?」

「…………芹菜チャンって、変な子だよね」

「……え?」


お礼言ったのに貶された、だと……!?


「……幻術使いに気付かなくて、君を助けてやれなかったのに、お礼言うんだ?」


新井くんはさっきのほのぼのとした雰囲気を消し、眉を少し下げて、まるで自分を嘲笑うかのようにいった。

……あぁ、きっと、新井くんが謝った理由はこれだ。


「……でも、息切らしてまで探してくれたみたいだし、」


それって、走って探していたってことだよね。


「それに、幻覚を見たのは新井くんのせいじゃなくて、その幻術使いの人が悪いし。むしろ見つけ出して一言いってやりたいくらいだけど。でも新井くんが倒したみたいだし……確かに怖かったけど、でも、探してくれたのは、うん、嬉しい、かなーって……えーっと、えー」


あ、あれ?
私は何を言おうとしてるんだっけ?
何でお礼言ったのかっていう質問されて、それの答えだよね。

あれ、”探してくれたから”じゃ答えになってないかな?
いやでもそれ以外に……あ、幻術使いをぶっ飛ばしたことに感謝とか?

……あァァァ何だこれ、国語の授業より難しいじゃねーの!!
ボキャブラリー少ない自分が腹立たしいわ!!


私がそう頭をかかえていると、プッと吹き出す声が聞こえて顔を上げる。


「、くく……っ、励まそうとしてるのかな、それ?全然なってないけどね」

「う、うううるさいな!!何て言えばうまく伝わるのかわかんないんだよ!!」

「あぁそうだね。頭が幼稚園児並みの芹菜チャンには、もっと簡単な質問をするべきだったねー」


何だとこのやろー!!



「……そろそろ帰ろっか」

「あ、うん。そうだね、雨も強くなってきたみたいだし」

「じゃあこのまま相合い傘してかないとねー。芹菜チャン、傘持ってないみたいだし?」

「あ」


そうだ、私今傘無いんだった!!


「今日だけ特別だからね。女の子にこういうことするの初めてなんだから」

「え、それって私が女じゃないってことか……」

「…………芹菜チャンの思考回路ってどうなってるの?洗濯機で丸ごと洗いたくなるよ」

「何で更に追い討ちをかけるの!?」








自分の部屋にもどって、まず真っ先に今着ている新井くんに買ってもらった服を洗濯機に入れた。

そして洗っている間、私はお風呂へ。
あったかい湯船につかると、身体の芯からあったまって今日の嫌な出来事を綺麗さっぱり流してくれる気がするから、とても落ち着く。


すっかり日も落ちていて、お風呂から出た後はまた私服に着替えて夕食のために食堂へ向かった。

さっきまで着ていた真っ白のワンピースと違って、いつもの私の普段着だ。
服1つでこれだけガラッと印象が変わるんだから、女の子って不思議である。


夕飯の後はすぐ部屋にもどって、ベッドでごろごろしていた。
今日はほんとに大変だった。
そしてすごく疲れた。
……主に精神的に。


私には攻撃が効かないっていう能力があるけど、今回の幻覚のように、実体の無いものには発動しないんだなぁ……。

なんとなく、この能力の法則性がわかってきたような気がする。


そんなことをうとうとしながら考えていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。

次に目を覚ましたときはすでに0時をまわっていた。


うわ、変な時間に起きちゃった。


2度寝するかと思いもう1度目を閉じようとしたとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


……こんな時間に誰?
もしかして見回りの先生?
いや、むしろそんなのいたっけ。

眠い目を擦りながらゆっくりとした動作でベッドから抜け、ドアをおそるおそる開けてみる。

目だけを動かして部屋の外を見てみるけど……。


「……あれ、誰もいない」


それぞれの部屋のドア付近にあるランプの明かりがわずかに廊下を照らしているだけで、人の気配など全く無かった。


……えっ、嘘……!?
でも今、確かにノックの音が!!

次第に私の顔はサーっと真っ青になっていく。

うわ、嫌だ嫌だ。
この時間帯に恐怖体験とか眠れなくなっちゃうじゃん!!

ぶるりと肩を震わせて慌てて部屋の中に戻る。


…………が、



「……あれ?」


ドアのすぐ近くの壁に、傘が立てかけてあった。
白地に水色のラインが入った折り畳み傘。
……私の傘だ。

私はこんなところに置いた記憶はないし、誰がいったい……と思ったが、思い当たる節が1つある。


そういえばこの傘、翔音様に貸したよね……。

立てかけてある傘は綺麗にたたまれていて、手にしてみてるとほとんど乾いている状態だった。

傘を貸す前は私もさしてたから、翔音様が傘を使わなかったにしても濡れているはずなのに。


これまでも何度か彼とは遭遇したことがある。
でもどれもいい出会い方はしなかった。
むしろ嫌悪感を抱かれてもおかしくないと思う。

この傘だって半ば強引に手渡したんだ。
使ったのか使わなかったのかは置いておくにしても、そこらへんに放置することもできたはず。


なのに、彼は傘を返しにきてくれた。
律儀に乾かして折りたたんでまで。


1番最初に会って、新入生の部屋の場所を聞いたとき、嫌そうな顔を隠しもせずに”知らない”と答えていた。


彼はS.Sランク。
新入生ごときの部屋のある場所にいくこと自体、プライドが許さないのかもしれない。


なのに、それなのに、だ。

借りたものを返すのは当たり前だけど、今回のその対象は翔音様だ。

深く考えすぎかもしれないけど、ちょっと……いや、かなり意外だった。

高嶺の花というイメージが強い彼だけど、彼だって人間で、私と同じ18歳なんだよね。


私は小さくクスリと笑った。



今日は本当に色々あった。

怖い思いもしたけど、例えどんなに小さなことでも、こうやって嬉しいことがあると”今日はいい1日だった”って思えるから、人って不思議。




10.素敵な1日

君はどんな顔でここに来てくれたのかな。


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