01


『……時雨さん、これは何ですか?』

「ジョウロに決まってるじゃない」


いや、それは見ればわかります。
バイト中に時雨さんに声をかけられ連れてこられたのは奥にある控え室。
そこで渡されたものは紛れもなくジョウロなんだけど……。


『……象の形って……、なかなかシュールですね』


しかも微妙に可愛くない。
そういえばいつだったか、愁さんもこのジョウロ持ってたっけ。


「これで店の外に植えてあるお花に水をやってほしいのよ。最近猛暑が続いてるじゃない?こまめにやらないとせっかくのお花が枯れちゃうから。ね?お願い」


手を合わせてウインクする姿に、私は女であるのに見惚れてしまった。
ううっ、美人すぎる……!!
そんなあ、卑怯だ、こんな美人にお願いされたら断れないじゃないか!!



ジョウロに水を入れて花壇にたくさん撒いてあげる。
外は暑い、ものすごく暑い。
雨という天気を忘れさせるくらい太陽がギラギラと輝いている。
おまけに私は今お店の制服、つまりメイド服を着ている。

暑すぎる!!



「ねぇ」


ふと後ろから声がした。
この声は……、


『あ、翔音くん?』


くるっと振り向いたのがいけなかった。
水を撒いていたまま振り返ったので、ジョウロからの水が花壇から翔音くんのズボンへと移り降り注いだ。



「………………………」

『………………………』


う、うっわあああぁぁやばあああい………、びしゃびしゃになっちゃった………!!
すぐにジョウロをどけたはいいものの、ズボンは完全にびしょ濡れだった。

私はサァァッと青ざめる。


『……あ、……ご、ごめん、翔音くん……!!』


翔音くんは自分のズボンを見たあと、私が持っているジョウロを凝視した。
え、な、何!?
なんか、動きづらいんですけど!!
あまりにも凝視されてしまい、私はピクリとも動けずにいた。

だが当の本人は何を言うわけでもなく、その場を去ってしまった。


『……な、なんだったの、今の……』


ようやく視線から解放された私はため息をついた。

あぁ……、でもどうしよう。
翔音くんのズボン、思いっきり濡らしちゃった。
やっぱり怒ってる、よね。
……着替えにいったのかな。
よし、ここはちゃんと謝らないと!!

そう意気込んでいると、去ったはずの翔音くんが戻ってきた。


『あっ、翔音くん、さっきは………え?』


彼の手には何故かホースが握られていた。
……なんでホース?
すると翔音くんはホースを両手で持ち構え始めた。
その構え先にはもちろん私がいるわけで……。

え?


『ちょ、ま、何でこっち向けて構えちゃってんの!?』

「……さっき俺に水かけたでしょ」

『まさかの仕返し!?ま、待って!?あれは別にわざとやったわけじゃ……!!』

「仕返しじゃない。水のかけあいっこ」

『ホース持ってる時点でそんな可愛いレベルの遊びじゃないよねぇ!?』


ホースとジョウロって、かなりのハンデだよ!?


「……早く構えて」

『無茶いうな!!明らかに勝敗見えてますよ!?』

「かくご」

『すんませんマジすんません翔音様!!お願いだからこっち向けないでくださいますぅぅぅ!?』


謝っても無駄だった。
翔音くん、無表情だけどすっごい楽しそうだった。
ひらがなの“覚悟”に迫力は無かったけど、手が本気だった。



結局私も翔音くんもびしょ濡れになってしまい、服は洗濯機行きになってしまった。
いや、涼しくはなったけどさ……。
いいのか、この終わり方!?



===
時(2人とも楽しそう、若いっていいわねぇ)
朔(時雨さん、年寄りみたいなこというんだな)
時(え?朔名ったらタダ働きしてくれるの?経費が浮いて助かるわ〜)
朔(すいませんでしたあああああ)


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