01




「………」

「………」

「うー?」




これは……どういうことだ。







ある平日、私はいつものように制服に着替えてリビングにおりる。


朔名がすでに朝食の準備をしてあったから私も席について食べ始める。




「おはよー」

「おはよー。……あれ、翔音くんはまだ起きてないの?」

「ああ、まだ寝てるみたいだな」

「ふーん、そっか」





まあ遅刻しそうになったら起こせばいっか。




たいして気にもせずに私は朝食にありつける。


藍咲家の朝は大抵パンである。

私も朔名も学校と仕事で朝は忙しいからこのほうが楽なのだ。




朔名も私の向かいに座って珈琲を飲みながら新聞を読んでいる。



いつも思うけど、オヤジっぽいよそれ。









そんな感じで朝を過ごしていると、2階から階段を降りてくる音がした。



あ、やっと翔音くんが起きたかな。






リビングに顔を出す翔音くん。



いつものように寝起きで不機嫌な低い声で『……はよ』とか言ってくる、













…………ことがなかった。






「………」

「………」

「うー?」




え、ちょ………なんか小さくね?






私は食べていたパンを置いて椅子から立ち上がる。


そしてその小さい子の目の前にしゃがみこんだ。



見た目からして3、4歳くらいだろうか。







「……えっと……あなたは、翔音くん……?」

「ん」




あ、なんかこの感じ、翔音くんだ。



背がかなり縮んだ以外はほとんど変わりはない。


あるとすれば目が大きく、くりっとしていて顔も幼い子らしくなっているくらいだ。





「な、何でこんなにちっちゃくなったの?」

「あさおきたら、こうなってた」

「……つまり原因不明だと?」

「むー、わかんない」





自分でもよくわからないらしい。

まあ中身は以前と変わってないけど、話し方は幼いしまだ舌足らずのようだ。

それに性格も多少幼い。



今とりあえず着てるTシャツもワンピースみたいになってるし。




なにこれ、何現象?








「……朔名、これどういうこと?」



私は立ち上がって聞いてみた。








「多分、幼児化現象じゃね?」

「それが何かって聞いてんだよ」


駄目だ、当てにならん。



というか学校どうしよう?



「これじゃあ学校いけないよね」

「そうだなあ……、俺今日仕事休もうか?時雨さんに事情話せば多分大丈夫だろうからよ」

「うん、そのほうがいいね。このままじゃ翔音くん不便なことあるだろうし、手助けしないと」

「芹菜はどうすんだ?」

「んー……、まぁ朔名がいてくれるんだったら私は………、」





そう言いかけたとき、私の右足にむぎゅっと翔音くんが抱きついてきた。



何だと思って下をみると目が合った。










「がっこーいっちゃ、やっ!!」





「ねえねえ、ちょっと私の部屋に連れてってもいい?」

「やめろ、捕まるぞ」





「というわけで、私も学校休むことにしましたあ〜」

「何が“というわけ”だよ。芹菜、お前あやうく牢屋行きだったじゃねーか」

「大丈夫だよ、私そんな危ないことしてないし」

「じゃあそのニヤケ顔どうにかしろよ。危険なのはお前の顔だよ」

「し、失礼な!!これは生まれつきだっ」

「……可哀想だな」



まるで捨てられた生ゴミを見るような目でみられた。









「ここにいてくれるの……?」


私のスカートの裾をちょいちょいと引っ張ってそう聞いてくる翔音くん。


このちっちゃい翔音くんを置いて学校へ行くだと?



話にならんな。





「うん、今日はここにいるよ。翔音くん心配だし」

「ふーん、そーなんだー」





ちっちゃくなっても笑わないところは全く変わってない。


ただちょっとばかし嬉しそうな顔だとか微妙な変化はいつもよりわかりやすい。






多分中身に変化はなくても、舌足らずや仕草的なところは、3、4歳の出来る範囲内のことしかこなせないということなのだろう。






さてさて、家にいると決まればまずはさっさと朝食をすませないと!!




「じゃあ翔音くん、まずは朝ごはん食べよ。お腹すいたっしょ?」

「ん。ごはんごはんっ」





いつも食べるときは嬉しそうな雰囲気醸し出すだけだけど、幼くなったおかげで多少表情でもわかる。



なるほど、翔音くんは内心こんな感じだったのか。


な、何でこんなに可愛いの……っ!!





「(もぐもぐもぐ)」

「「………」」




翔音くんにパンをあたえてみた。



中身は18歳だからパンをいっぺんに口にいれるってことはしないみたいだけど、手がいつもより小さいので両手で持って一生懸命食べています。



その小さい口でもぎゅもぎゅ食べています。






「ねえ朔名」

「なんだ?」






「この可愛さは犯罪ものだよね」

「もうお前逮捕だ」


即答された。



「だって可愛いのは事実じゃん」

「ま、まあ否定はしねーけどさ……」

「ほらみろ」

「何そのドヤ顔、イラッとくる」




「なんのはなし?」


いつのまにか朝食を終えた翔音くんが首を傾げてたずねてくる。




ああもうちっちゃい子ってどんな仕草も可愛い。





「翔音くんが可愛いなってお話だよ」

「おれおとこだよ?」

「男でもちっちゃいと可愛いの」

「……うれしくない」





ですよね。


何度もいいますが、中身は18歳ですからね。




可愛いっていったら睨まれたけど、全く怖くありません。

むしろ可愛さが増します。








「あっ、やばい」

「え?どうしたの朔名?」




キッチンにいた朔名が少し声を上げた。




「朝食のパン、もう無ぇや」

「えええ……、じゃあ買ってこなきゃね」

「だな。俺ちょっとデパートまで行ってくるわ」

「うん、わかった」




「おれもいく」

「「……え?」」




翔音くんは朔名の足にぴったりとくっついてそういった。




もちろん行くのはかまわないけど、彼は今Tシャツ一枚である。(何故か下着だけは今の翔音くんにぴったりサイズだと朔名がいってた)




そんな格好で外を歩かせるわけには……。



朔名も私と同じことを思ったらしい。






「でも翔音、お前のその格好じゃあ……、」

「だめー?」

「いや、もう全然おっけー」



朔名、やられたな。




朔名の足にしがみついて朔名を見上げながら首を傾げての一言。



翔音くん、それは、無意識だよね……?

小さいから必然的にそうなるんだよね?
うん、そう信じよう。





「何のパン買う?」

「うーん……、食パンはもちろんだし、あとは……」




3人でやってきたデパート。



さすがにTシャツ1枚の姿はまずいので、私が子供の頃着ていたものを朔名が着せていた(何でそんな前の服、今もあるんだ)。





とりあえず買うものはパンだけなので1階の食品売り場へ足をはこんだ。





はぐれないように翔音くんと手を繋ごうと思ったけど、好奇心は前と変わらず行動力は小さい子同然なため、ちょろちょろして捕まえられない。



くそぅ、てくてく歩きやがって……っ。

可愛すぎだちくしょう。







「……こうしてみると、いつも翔音がどんな心情だったのかわりとわかりやすいな」

「うん、それは同感」





あちこちの食品をみてまわっては嬉しそうな顔をする姿はとても微笑ましい。





「ねえ、翔音くんは何のパン食べたい?」

「…………んーと、くろわさん」

「クロワッサンね」




相変わらずその言い方は変わってない。






「翔音、何食べたいって?」

「クロワッサンだって」

「ああ……そういや初めて会ったとき食わせたやつクロワッサンだったっけな」

「うん、なんか気に入ったみたいだね」





懐かしいな、あの頃は会話もままならなかったくらい無口だったけど、今じゃわりと話してくれるようになったし。




「で、クロワッサンってどこにあるっけ?」

「えーっと、確かこっちだったかな」




私を先頭にその場所に移動する。



さすが広いデパートだ。
種類も豊富である。




「あったあったクロワッサン」

「芹菜は何がいいんだー?」

「あー、私は無難にバターロールかな」

「んじゃ俺もそれでいいや」





クロワッサンとバターロールをカゴの中にたくさんいれていく。


まあこんなものでいいかな。




「他に何か買うものあんのか?」

「ううん、もうこれで終わりだよ」

「そうか、じゃあ会計いくか。カゴ貸して、俺が行ってくる」

「うん、ありがとう」





私が一歩踏み出そうとしたとき、スカートがくいっと引かれるのがわかった。




もちろんそれが翔音くんだということもすぐにわかった。



だが何故か彼の表情は眉間に皺を寄せて下を向いている。


声で表すとしたら“むーっ”て感じだ。




何で不機嫌?




私は彼の前にしゃがみこんで目を合わせた。





「どうしたの翔音くん?」

「………」

「……かのんくーん?」

「………」






駄目だ、返事をしてくれない。
眉間の皺もとれない。



けど彼の手は私の服をぎゅっとつかんだまま。





………なんで?








「……どうしたんだよ芹菜?」



会計を終わらせた朔名が戻ってきた。




「うーん……なんか翔音くん不機嫌になっちゃって」

「何かしたのか?」

「まさか。朔名の会計についていこうとしたらスカート握られて、見てみたらこんな感じ」

「へー……」





朔名も同様翔音くんの前にしゃがみこんだ。




「何でそんなに不機嫌なんだ?」

「………」





やっぱり反応無し。


スカートを握る手がさらにぎゅっとなった。



それを見てか、朔名が何か閃いた顔をした。






「なあ芹菜、俺らパン買いにいくときどんな会話してたっけ?」

「どんなって………、普通に何が食べたいか聞いたくらいじゃない?」

「翔音にもそれ聞いたよな?」

「うん」

「そのあとは?」

「ええ…………と、朔名とクロワッサンがどこにあるかとか翔音くんのお気に入りだとか話した、ね」

「……それから?」

「移動して、次は私と朔名が食べたいの話して選んで、朔名が会計して、私もついていこうとして…………」

「……ああ、俺わかったわ」

「……え?」




わかったって、翔音くんが不機嫌な理由が?

今ので?








「翔音、お前……構ってほしかったんだろ」


朔名はにっこり笑って翔音くんの頭をくしゃりと撫でた。




「……どういうこと?」



急に笑顔になった朔名に私は疑問を抱いた。



構ってほしい……って?





「さっきから俺と芹菜でずっと会話してたろ?」

「あー、うん」

「つまり翔音の相手をしてなかったわけだ」

「……う、ん」

「子供ってのはさ、自分が構ってもらえないのが一番嫌なんだよ。だから不機嫌なんじゃねーかなあ」

「………」

「翔音の場合、中身は18歳のままだけど多分精神的な面も3、4歳の部分が混ざってんだろ。それなりの仕草もしかり。……ごめんな翔音」






そういうことか。



私はちゃんと翔音くんを見ていなかったんだね。






「……ごめんね翔音くん」




私はそう謝って彼の頭を撫でてあげた。



するとさっきの不機嫌さはなくなったようで、撫でられるのを気持ち良さそうにしていた。





「よし、じゃあ解決したところで、さっさと帰ろうぜ」

「そうだね。いこ、翔音くん」

「ん!!」















「そういえばさ、朔名はどうしてあんなはやく不機嫌な理由がわかったの?」




家について私がコーヒー飲んで一息ついているとき、ふと思ったことを聞いてみた。





「ああ、前にも同じようなことあったからさ」

「え、いつ?」

「芹菜がまだ子供のときだよ。やっぱり構ってもらえなくて不機嫌になったときがあったんだ、だからだな」

「へー、そんなことが……」

「さすが芹菜のお兄ちゃんだろ」

「今ので台無し。コーヒー顔にかけていい?」

「なんで!?」






まあでも解決したことは嬉しいけどね。





「翔音くんも何か飲む?」

「のむーっ」

「え、俺は?」

「水道水あるよ、飲む?」

「家に居てなんで水道水を勧める!?」






今日1日、いろいろ大変だったけど、



翔音くんの心情とかわかったと思うし、よかったかな。



可愛いものは罪

(………はよ)
(おはよ……って、元に戻ったんだ翔音くん)
(やっぱ1日限定だったんだな、原因不明だけど)
(戻ったのは嬉しいけど……、あああ可愛かったのにちっちゃい翔音くん……っ)
(……何落ち込んでんの)
(気にするな翔音、気にしたら負けだ)


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