(ブラー×ショックウェーブ)R18



悪にとっての悪、すなわち対極のそれが正義と名付けられたことに意味はあったのか。ぽつりぽつりと頭上から落ちる雫を涙と誰が呼んだのか、知らないことばかりが溢れているものだ。退屈も過ぎて空虚が肥大する脳内では下らない疑問ばかりが満ち満ちて、真っ赤な一つの瞳をチカチカと明滅させてただ生きている。昔、名をショックウェーブと呼ばれた機体は未だ永らえる。激動、と言うにもおこがましい歴史の流れを見ていた。傍にはいつでも青空じみた若い男がいた。一度は殺した命を拾い上げられ、痩躯にありったけの憎悪らしき感情を積まされたオートボット。
「いい加減に殺してくれないか、もう飽きただろう」
「まだだ。まだだよ。こんなんじゃ、殺したりない」
欠陥だらけのかつての敵、あるいは部下、あるいは恋人と呼んだ男はブラーと名乗っていた。ショックウェーブにとってそれは個人ではなく駒の記号だった。どれも過去の話であり、この瞬間の何もかもに縛られた空間では蛇足だが。足の間から動こうともしない鉄の塊が、いやに熱くて下肢からいつか溶かされるのを夢見ている。
「お前は何も殺しちゃいない。いったい、何を殺せたっていうんだ」
「なんだか、君といると僕まで哲学者になったみたいで、疲れるよ。本当に疲れる。こんなのの何がいいんだろう。僕はいったい何者でありたいんだ。わかってるよ聞いたって誰も答えない僕も君も解をもたないんだそれでも問わずにはいられないだろう僕は何もかもを失くしたんだ君のせいだ違うわかっているよ選択したのは僕なんだ僕は正義でいたかったし悪を滅ぼしたかったでもそれにどんな意味があった?皆は何を目指していたのかを知っている?オートボットは、駄目だった。今なら少しだけ何かを変えてあの頃に帰れるよ、おかしいね、僕は今とてもディセプティコンになりたいんだ。メガトロンを崇拝したっていい」
「お前には無理だろうよ」
「どうして」
「結局、世の中臆病者の多数決だからさ。俺たちははみ出した、だから殺される。正義の名のもとに、お前たちが我々ディセプティコンを完膚なきまでに抹殺し、歴史に名を残した武勇伝が完結する。それでよかった」
「難しい話をしないでよ、もう、パンクしそうだ」
子供のような輪郭で小さな頭が項垂れる。擦り減って丸まった異形の爪の先で頬を抱いて、上向かせるとまた一つ二つと涙が落ちた。ブラーはよく泣いていた。泣けば何かが変わるのかと初めは鬱陶しかったそれも、今では愛しさすら感じた。欠陥同士何も埋めあえない二人で並び、今は世界の終焉を待っている。死体の積み重なった忘れられた地下のスクラップ場が、意識のある間だけはまるで愛の巣だ。
「もうすぐ、迎えはくるよ、ブラー」
「待ち遠しいの?嫌だなぁ……君だけは、誰にも渡したくないのに」
「面白い冗談ですね。今のは100点をあげよう、花マルだ」
「ねえ……ショックウェーブ。今はご褒美に、今だけは長官といさせてよ」
「嫌だね」
「はは、君って嫉妬深いんだ」
ぽっかりと開いた遠い頭上の穴は外の世界と辛うじて結ばれていた。やがて雨があがり曇り空が真っ暗な夜だと知らせる。闇に慣れている目は痛いほどに現実を見せつけることだろう。ぐっと細腰が進めば喉を駆けあがった声は上ずっていて、鬱々とした思考に快感が混ざった。何万年も繋がったままのような、半身になりそうな男は、ブラーは笑う。
「大丈夫、君だけを置いていったりはしないから」
「ああ、嬉しいよ…っ、似た者同士、仲良くやろう」
「オールスパークは僕らを許すだろうか」
「さぁて、考えたくもねぇよ」
接続行為のための付属品はもうずっと乾いている。動けば耳障りな金属音がする。それでもショックウェーブは気持ちが良かった。擦り減って、欠けて刺のように捲れたものがカツリカツリと穴の凹凸にひっかかり、身体が不規則に持ち上がって、声も甘くなる。
「ふ、ははっ、は、くくっ…、ブラー、すごいな、お前は」
腹の底が膨らんだように熱くなり、ショックウェーブは肩を揺らした。抑えつけるように触れてくる手が錆びたあちこちを壊していた。関節は外れてズレあった骨がおかしな風に咬み合って、もはや痛みすら感じられない。赤い瞳が空を見る。徐々に動きののろくなった男を抱いて、ぶるりと一度だけ射精のように震えた。
「そら、見えるか、目を開けていろ」
金色の光が降り注ぐ。慰み穴から差し込む月光が美しい。黄金の朝焼けを誰もが見ていた時代があった。懐かしい、眩い世界をまだ覚えている。ああ、と溜息を一つついて夜が終わりを告げれば、ショックウェーブはそうっと足をあげてブラーを蹴飛ばした。
「あの月を、曇らせてやる。先にあの世で見てるといい、そうして思い出せ。愛しい怨敵」
腫れた赤い瞳の上で玉を作っていた雨水が滑りおちて濡れたら、月は早々に曇って消えた。


時折現れる小さな子供に全てを語り聞かせた。教科書に登場する悪党たちの名前を名乗りながら、悲惨な歴史を見て来たことを淡々と一切の感情もなく。オートボットと、地球と、終戦と、平穏と、やがて巡って襲来した悪の話だ。新しい時代の誰もが信じない話。押し込められた地下の墓場から見た月と、それを再び覆い隠した正義の物語を終えて、ディセプティコンは停止した。



160204
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