(風祭×刃渡里)R18



許せないものが日毎増えていった。些細なことが無性に腹立たしくて、他人への殺意が簡単に生まれたし、叫びだしたくて壊したくて何もかもが真っ赤になるような感情が常にあり、それは薄い膜に包まれていて自然と破裂して消えていくようになった。顔が強ばって無意識に拳が固くなって解けない瞬間が出来る。どうして俺が、と誰も答えを持たないような疑問がずぅっと巣食っている。
教皇のカードを翻し、風祭司は憑かれたように脱力していた。先程の処刑がよほどこたえているらしい。仲間思いで優しく気前のいい兄貴分を理想とする自分であるのに、彼は今己の中の深い闇を見せつけられてどうしようもない嫌悪に苛まれているようだった。少し離れた分厚い幕の垂れ下がった向こうから、裸足の爪先が覗いている。まるで責めるように思えて髪を掻き乱す。
アウトディビジョンという非現実的な空間の番人は、人には例外を除き誰にも光と闇がありそれから虚無があると言った。今の風祭は虚無にあたる。魂の一部が囚われたタロットカードを初めに見せられた。そして、"アレ"は闇だった。それもまた紛れもなく、抗いようもなく、目をそらしたくなるような自分なのだ。歪んだ表情をつくり、甘さを装う酷い言葉を投げつけ、荒っぽく、欲望のままに、愛しい男を犯した。弟みたいなものという逃げ口を簡単に壊して、もう一人の風祭司が刃渡里力を犯すのを見た。現世へ戻れば、その記憶は1つの脳へ帰化される。そのくせ、付随した感情は稀薄になるのだった。不快感に肩を震わせて、動けやしない。
そこにようやく声をかけたのは風祭と同じく表情を曇らせたままの巡原だった。
「大丈夫かい」
「あ、はい……まあ正直だいぶキてますけど」
「……ああいうのは応えるよね。俺もまだ、動揺してる」
隣へ腰掛けた巡原が溜息をついて、支給された飲み物を風祭へ手渡す。巡原は過去の交戦でリーダーに指名され、勝者として親友を犯したことがあった。ごめん、ごめんと謝罪の言葉にまみれてどちらが処刑されているのか分からないあの光景を忘れることなど出来ない。いくら肉体を綺麗に整えてみても、心だけが元に戻らない。
「刃渡里くんだけど、少し休ませるって。それから次のリーダーは君にするようだけれどもしも、」
「大丈夫ッスよ。まわりにあんま迷惑かけられませんから」
「でも、」
「番人さんが、今度は負けないように弱い相手を選ぶって言ってましたよ。すっげぇ複雑だけど、もうここまできたら逃げらんねぇし……そう時間もないんスよね」
風祭は気丈に振る舞うことしか出来ず、それがより痛ましく見えることなど考えもしなかった。そんな余裕などなかったと言うに等しい。先の交戦でリーダーだった刃渡里が敗者として、負の感情で支配された自分に犯されたのは一度や二度ではない。これ以上、同じ思いをしたくはなかったし、他の誰にも辛い目にはあってほしくはなかった。


交戦の間で風祭は呆然と立ちつくした。正面では敵チームのリーダーが、金色の瞳を燃やしたまま膝をついている。従者の終了の合図がかかると、あたりには見えない壁のようなものが出現し処刑の遂行を強制する。アウトディビジョンではその属性によりそれぞれが肉体で具現化されているが、処刑時にはその傾向が更に強くなった。欲望が膨れ上がり、心臓が喧しい。
「……リキ、っ、大丈夫か…?」
必死に絞りだした台詞はあまりに間抜けだ。これから暴力や快楽で辱めようという相手に、逆の意味に取られても仕方がない。刃渡里は痛む体をよじり、静かに呼吸する。掲げられた力のカードの、魂の色は青い。
「いいから、早く…終わらせろ……」
憎むような目が閉じられて風祭は息を飲んだ。そして震えそうになる手で血の付着した白いシャツをめくりあげる。鍛え上げられた無駄のない筋肉のついた日焼けのしていない肌に触れる。うっすらと香る汗が生身の人間だと意識させて、途端覚えた恐怖が興奮と入り混じった。くっきりと割れた腹筋を撫でて上下する胸へとのぼっていく。心臓を思い描きながら爪を立てて、刃渡里の喉が鳴っていた。眉を寄せて露骨に不快感を示しているのが頭の奥を刺激している。
「なんだよ、リキ……俺に触られんの、そんなに嫌かよ」
ざわざわと胸が騒ぐ。自然と低く威圧するような己の声を聞いて、風祭は飲み込まれたのだ。嫌うはずのもう一つの人格が顔を出し、黒い感情がいうことを聞かなくなった。
「ッ……こんなことが、嬉しい人間などいない」
「だよな。そりゃあそうだろうな…けど俺は今、案外悪かねぇ気分なんだ」
「っぐ…!」
風祭は片方の手を刃渡里の首にかけ、下着ごとハーフパンツをずり下げる。当然のように刃渡里のそこはなんら反応を見せていない。萎えた陰茎を無遠慮に掴み、頬がひきつるのを感じていた。
「お前さ、これほとんど使ってないんだよな」
「はっ…っ、ぅ、ぐ、ぅぐ…っ」
刃渡里の顔色が変わっていくのは気道を圧迫されているからで、羞恥を感じているわけではない。ストイックと言えば聞こえはいいが風祭はその瞬間、押し倒した年下の男を幼稚だと思った。きっと女を知らず、知るべきではない男をここで覚えさせられたに違いない。それらしい快楽を知っていたのかさえ不明な体は、もはやまっさらとは呼べず、嘲笑いながら筒にした手を動かした。
「こいつは掟なんだよ。お前も、わかるだろ?」
「ぁ、がッ…、ひっ、ぅっ、っ、離、せ…!」
「お前は負けたんだよ。リキ」
敗者が勝者に犯される光景がいくつも脳裏をよぎる。その中でも一際異彩を放つのは、自分以外の風祭司が別の刃渡里力を犯すものだ。気が狂いそうなそれが、今や興奮材料になっている。そして体を支配するのは怒りだった。あるいは嫉妬と呼ぶべきかもしれない。異様な交わりで見た刃渡里の表情を引きだす自信がない。
「気持ちいいことしてやるからさ、そんな顔すんなって」
「カフッ…ハッ、はぁ、んぐ…、くっ…ハッ、は、…っ」
風祭は一度体を離して窮屈になった下半身をくつろげる。解放された刃渡里が咳き込み酸素を取り込む無様な姿に、愉悦で射精してしまいそうだった。あの顔を、間近に見てみたい。頭の中が乱れきって、まともに思考しているのかもわからなくなる。風祭は荒い息のまま再び体を寄せ、投げ出された足を左右に開かせた。
「やべぇって……リキ、お前ってさ、すっげエロい、んだな。なあ、入れちまっていいのかよ」
「……好きに、すればいい」
ゾクンッと鳥肌が立つような感覚に目がくらんだ。風祭は締まりのいい尻を手探り、肉を割る。排泄器官を凝視されても刃渡里が動くことはなく、穴に先走りを塗りつけて入口に押し入っても声を殺された。狭すぎる中を無理矢理犯していくのは、驚くほど気持ちがいいのだと思い知らされた。苦痛だけを味わう刃渡里の拳が震え、その指先が手の平に突きささる想像をする。
「はっ、はは……ンだよ、コレ…すっげ、ぇ」
「んぅ…っ、ぐ、ぅ……」
「なあ、リキ。痛いか?こっち見ろよ。なあ、俺のこと…見て」
腰を何度も奥へ奥へと送らせて、刃渡里の頑丈な体がガクガクと揺れる。冷たい地面の上を這いずっていくようにして、風祭は弟のように愛しい男を抱いていた。闇に象られた自らの分身が、笑みを知ったままの刃渡里を抱いたように。けれど、決定的に違うことがある。
「リキ、なあ、気持ち良く、なんねぇ?」
風祭は見たかったのだ。整った眉をハの字に下げて蕩けた顔。甘えたような声。背中に回った白い腕。力を求めることに支配された男が、弱々しい子供のように見えていた。羨ましかった。今は全てが幻のようで、また鏡の中の出来事のように思えてきた。薬物的なリアルは温かな肉に包まれた陰茎から、脳へ巡る衝動だけだった。
「ここから、出たら…ッ、また元通りに、なんのかな。はは、無理かもな」
「ぁ…ッ、…はぐ、っ、……司、さん」
「なんだよリキ。怒れよ。俺のこと、憎めよ。なあ……お前のこと、俺、好きなんだわ」
これ以上は耐えられない。風祭の心が悲鳴をあげる瞬間に、刃渡里は感覚的に気付いていたのかもしれない。いつの間にか食い締めて切った唇を重ねて、何もかも投げ出すように二人で目を閉じた。

それから扉が開く音が、耳に届いた。



151025
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