(ターン×ファルマ→?) 



地を這い足元から体を絡め取るような愉快な歌声はとても美しいと言えるものでもなく、ファルマは例外なく身を強張らせて背後から翼に触れた男に一瞥をくれた。移植手術を終えたばかりで未だ興奮の中にいる様子で、感謝の言葉を口にした気配に吐き気を催す。卓上で廃棄前の焦げついた内臓が丸い接続部を目玉のようにしてこちらを見ている。哀れむべきはこの中毒者でなく、死に行く命の一部であるはずだ。ファルマはそう疑いながら腰を撫でさする分厚い手の平を辛うじて無視していた。
「用が済んだらさっさと出ていけ」
「ああ、ドクター…君のその様式美めいた態度は癖になる、とても可愛らしい」
「聞こえなかったのか。ターン、帰ってくれ」
「もちろん聞こえているとも。ただどうにも離れ難いという私の心中を推し量る余裕を持つべきだ」
仮面の下で嗤っているには違いないが、唯一露出させた目だけは男の全てを物語るように冷酷にファルマを見下ろす。毒々しい赤のオプティックと胸のインシグニアは恐怖と憎悪の対象だったか。この世の善悪について熱心に解いたことはない医師からしてディセプティコンが敵であるというのは、単にオートボットに身を置いていたからにすぎない。ファルマは日に日に思い知らされる負の感情と、己の正義を信じている男の手で足が地に着かなくなるのを感じていた。文字通り軽々と浮かされた脳を積むこの身体を貫く衝撃に呻くのは許されざることだと、一体誰が説くというのだろう。そればかりを考える。
ここに彼はいないというのに。
「……私以外のことを考える余裕はあるようだね」
「止せ。私に触れないでくれ」
気付けば、暴力で他者を蹂躙することを知りつくした撥ねつけることの出来ない腕が腹を支えていた。ターンが開放してやるのだと言わんばかりに体温を伝えてくる。ファルマには装甲の向こうで絡み合う回路に守られた輝くスパークがありありと分かった。脳との干渉があるのかも曖昧な魂が欲しているものは、今正に私こそが欲していたものではなかったか。
「ひとつ、アドバイスをしようか」
耳を塞いでも入り込んでくる声は、命を削る音をしていたのだ。





「お疲れですか」
じんわりと滲むように意識を取り戻し、視界の端に映ったそれが言う。あからさまな表情をつくった部品が立っている。目も、鼻も、口も妙にひん曲がっているのが可笑しいとファルマはケラケラと笑った。まるで酔っ払いのようだと呆れより怒りの方が勝った声に、半ば泣きそうに答えたのは我ながら鮮明に覚えている。後にそう思ったのだ。これは優しい記憶だったはずだと撫ぜるように。まだ私が生きていた頃の話である。
「何で酔うって言うんだね、ここにはそんな上等なものがあったのか」
「ない。ありませんよ。絡むなら余所で患者に迷惑のかからないようにどうぞ」
脳に直接麻酔薬を染み込ませて酔えると言うのなら、とっくにやっていたかもしれない。誰かを壊したこともない悪の手は果たしてどちらに類するのかは知らないが、今はファルマを救おうと肩にかかる。口実など後でいくらでも与えてやろうと、その手の甲を捕まえた。怪訝そうに「ファルマ」と名を呼んだのも確かに聞いていた。
ただその後に私が呼んだのは彼ではなかったか。それだけが気がかりだった。

塗装の剥げを余計に酷くしてしまったのは可哀想だったかとファルマは少しの後悔をした。顔を覆いながら己を抑制することも出来なかったことについて今更釈明することもなく、ただ欲しかったと真摯に、その実何の意味も持たない言葉を与えて信じてもらえるとは思わなかっただけだ。きっと愚かにも身代わりだと悲劇ぶっているに違いないと笑いさえしたものだ。自業自得だ。誰が。言うまでもないだろう。「もう酷いことはしないでください」というのがアンブロンの言葉だった。こちらとしては何も酷いことをした覚えもないが、一度きりでは済まなかった行為に溺れておいてまるで被害者で腹が立つ。怒りで真っ赤になった顔は存外可愛いもので、心を巣食っていた彼の泣き顔を思い出そうとしても出来なかった。
「………誰のを、思い出すっていうんだ」
ファルマはガリガリと装甲を引っ掻く。色が剥がれ落ちて行く。誰のものだと問わずともわかる。これはファルマの記憶であると同時にいつかに見た光景だ。
診察台の上でのたうちまわることもなく、命ではないが何かを終わらせたものとそれを見ていた誰か。羨むくらい意思を持ったことを悔めと呪ったそれと、表情のない優しい生き物を見ていた。
「僕に助けを求めてください」
ああこれは、ファーストエイドだった。思いの丈に見合わず剥奪されるそれらを寄せ集めて、吹けば散るような簡単なものだ、だがゴミのようなこのひとのプライドだと慈しんだ手を知りたかった。

窃かに愛したあれを手にかけて、拒まぬ手に殺められる快感に焦がれて、最後に役に立ったのは私の患者の言葉だった。だからこの下らない思考をする全てを消してくれ。だって、そもそも、そういえば、彼の泣き顔を知らないのだ。記憶を辿ってもひとつも見当たらない。思い出せるのは私を罵った巨人の脚部だ。腕の中を見れば妙に愛しくて初めて唇に触れて、彼のそこも、同様に熱を持ちぬめり心地いのかを最期まで知れることはないのだろうと切なかったのを覚えている。
「――I'm incorrigible.」
彼のようになりたかったのに、私はいつでも保身に忙しい。



140912 題:花洩
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