(ファイタースピリッツ×ファイターアロー) 



あれは闇だ、と確かに思った気がした。身体中に絡み付いて内部へと侵攻し決して逃れることを許さない濃紺の、甘い蜜の味をした嫌忌するべきものだと知っていた。戦うために生まれたというのに、人間の真似をさせられる我らは哀れだ、そう思う。所詮は鉄屑。どれもこれも醜いと思えばこそ、遠く届かぬ愛しい弟は目映く、またひどく憎かった。彼の愛する全てが美しいというのに、その一角に潜む己というのはやはり滑稽で、銀の名を冠した兄弟は皆等しく愚かなのだ。
シルバージャスティスは暗闇でオイルの滴る体を精一杯抱きしめ、大きく上下したその胸に額を押し付ける。瞳から光が消え失せ頭部からパチパチと音立てる姿は今にも息絶えてしまいそうで、恐ろしくなり何度もその意識を引き留める。
「ギャラン、大丈夫だ。俺がついている、ギャラン」
はくはくと戦慄く唇を指の先で辿ってやるとシルバーギャランが小さく呻く。末弟と違う、肩を並べて立つ半身が声もなく呼んだのは誰か。兄か、サッカーリーガーのシルバージャスティスか。どちらにせよ救われるのを待つだけだ。今度こそはっきりとした弟の声に夢から覚めることを期待して。

「スピリッツ、どうしたんだ」
ファイターアローが薄く笑い、その手を取って上体を起こした。ファイタースピリッツは充電ベッドではなく壁際のベンチ上でスリープ状態だったことに気がつき、エネルギー残量と記憶回路の混線を確認して頭を振る。一瞬の幻覚は過去をにおわせ、消えていく。ホッケーのスティックを片付ける弟の背中をどちらと呼べばいいのか、時折わからなくなってしまいそうな不安は名を呼ぶことで解消しなければならない。
「遅かったじゃないか、アロー。思っていたより時間がかかったな」
「そうでもない。眠っていたせいで感覚が狂ってるだけだろう」
「もう夜だ」
だからなんだとでも言いたげに顔をしかめられ、責めるような口調になっていたことを認める。夢見の悪さは今に始まったことではないが、まるでそのことを苦にせず、それどころか気遣うように触れる手の優しさに一向に慣れる気にはならなかった。それを受け入れれば、更なる闇が待ち受けていると信じているのだ。それが深かろうが浅かろうが、同じことだというのに。ナイターの照明に照らされたやけに明るい戦場が夜の中にあるように、何も変わりはしない。
「機嫌が悪そうだ、今日はやめておこう」
「構わんさ。変に気を遣われた方が気持ちが悪い」
「その言葉そっくり返すよ」
「返さんでいい」
ファイタースピリッツは正面に向かって立ち、瞳を閉じるファイターアローの頬をそっと両手の平で包み込んだ。火照った金属の体が帯びたかすかな熱を思い知らされながら、こつりとヘッドパーツを合わせる儀式は次第に互いを求める自虐行為に変わっていく。止むことのない想像を絶する痛みに引き攣れても耐える。あの日の光景を自身の体に刻みこみ、それが幾重にも重なり、いつかこの身を滅ぼすまでは。
「アレが憎いのか、お前は」
「……このことにシルバーフロンティアは関係ない。そう言ったのは誰だ」
「ギャラン、だったな」
「俺はファイター兄弟のファイターアローだ。そうだろうスピリッツ」
ならば何故、お前は俺に縋るのだとシルバージャスティスが顔をのぞかせる。誰かを光へと導く役目を担った弟を守ったのはお前ではなかったのか、そう叫ぶのはいつでも過去の己だ。決して切り離せはしない影がそのままファイタースピリッツをかたどった闇そのものになった。三兄弟の贄になり、神とも呼ぶべき人の手に凌辱されたのは誰か。有能な長兄ではなかった。
「アロー」
「うん」
「ずっと一緒だ」
「もうどこにも行けないだろう、スピリッツ」



140802
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