(ビーチコンバー×トラックス) 



新たなエネルギー発見に皆が尽力する中で、パトロールという口実で高い山へと逃げ出した。豊かに茂る濃い緑を抜けて、身を潜める。もちろん平和的な終戦を望んでいるし明日生きることに必死になることもいいだろう。だが生まれながらの地質学者にとって地球というのはとても魅惑的な惑星だ。とてもじっとしてなんていられない。彼の好きな華やかなニューヨーク、輝くビルの群れに行き交う人の波だって美しい。そこには彼らの文化がある。けれど私にはそんな喧騒よりも偉大な自然のなかで生を感じることの方がお似合いなのだ。
私は温かな太陽が雲に隠された、穏やかだが物悲しい山道を進みながら、置いてきた彼を思った。今頃は私の不在に唇を尖らせているのではないかと勝手な妄想に頬が緩む。少し前に1人飛びだして行った私を追い掛けた彼は、雨上がりの柔らかな土に足を取られて半べそをかいていたことまで思い出す。当時の問答までも鮮やかだ。「どうして僕を置いていくんだ」と頭から泥を浴びた彼には幾度かビークルモードについて話をしたが、その度に僕は空だって飛べる、人目を気にしないなら擬態など必要はないと抗議されてしまう。私はずるいもので、年の功というもので、いつもはぐらかした。とても強引な方法で。
「……おっと、いや、若いね、私も」
ぽっと浮かんできた情景を頭を振って払う。はは、と零れ落ちた笑いは虚しく響き、やがて風になぶられた葉のざわめきが濁してくれた。気を取り直し坂道はビークルモードで登っていく。見覚えのある縞模様の岩肌を見つけ、以前に通ったはずの道まで辿りつくも倒れた巨木はトランスフォームしてから跨いだ。どちらにせよ山に生きるものたちには迷惑な音を立ててしまうのなら、こちらの方がずっと触れあえる。彼が言うように人目もそうそうないのだからと、私は人懐っこい小鳥をお供に散策を始めた。
開けた場所へ出る頃にはおまけにしては十分な地質調査も済ませ、動物たちとも別れて1人になると一抹の寂しさを覚えた。空は雲に厚みが増し、間もなく雨が降り出した。そうすると彼はどうしているだろうとつい考える。もし一緒に来ていたのなら、私はとても嬉しかったのだろうけれど。
「でもそれじゃあ、君のご自慢のボンネットを汚してしまう」
彼はどこもかしこもピカピカで、とても危ういから、大切にしたいのだ。舗装されたアスファルトを駆けるかっこよさだとか、私を一心に想う柔らかさのその心地よさだとか、守りたくて時々遠ざけることを知らないその若さだとか。私が彼の輝きに値しなくとも彼は私の誇りで、いっそ曖昧なくらいに愛しい。いつの間にか途方もなく膨れた感情に戸惑うことだってある。
「なんだか、君と離れても君のことばかりだ」
どこか切ない雨音を聞きながら長い草を踏み、早く会いたいと身勝手に思った。

「ただいま」と暗がりに声をかけても彼は返事をしない。酷く怒っている、というよりは拗ねている様子に私はそのまま明りも灯さず傍へと寄った。帰るなり降ってくるはずの声はなく、拍子抜けするとともに焦りを覚えた私のことを知りもしないのだろう。
「トラックス、怒っているのかい」
「怒ってる。また僕を避けて出て行ったじゃないか」
「私が言うのもなんだがね、それも一度や二度ではないんだから」
「君は酷いよ。心配する僕の気持ちまで無視をする」
「そんなつもりはないさ」
「あるから君は何度だってするんだ」
膝を抱えたままで体ごと向き合わないようにじりじりとそっぽを向かれてしまう。あんなに会いたかった気持ちが申し訳なさにかわって、その背に額を押しあてる。私のことを今更酷い奴だと罵る若者は哀れで、やはり愛しいものだった。
「君にはすまないと思っている。許さなくてもいいから、せめておかえりと言ってくれないか」
「……おかえり、ビーチコンバー」
「ありがとう」
ふふと笑うとこぼれた吐息がからかうなとまた怒った気がしたが、トラックスは顔をあげて不貞腐れたまま「もういいよ」と呟いた。体を離すタイミングは彼が与えてくれる。導かれて機体の小さな私はその腕の中におさまる。それから濡れた気配のするオプティックが青白く、私を睨んだ。それだけで身勝手な私を許した彼の心中が透けて見える。
「僕を撒くときは強引なくせに、こんな時ばかりしおらしくって嫌な感じだよほんと」
「さすがにこんな時にまで強引では嫌われてしまうんじゃないかと思ってね」
「許すから、……同じようにしてよ」
「君は素敵で、私には眩しすぎるよ」
今度は恥ずかしそうに、彼は私を引き寄せて、淡い光は伏せられた。探りあてるまでもない唇の震えを、解かすように触れ合った。赤いフェイスプレートからは見つけにくい熱の動きは頬に手を添え指先で捕えて、舌が擦れた瞬間の呼吸にドキドキと胸が痛む。きっと、彼は泣くと思った。この火照りへのただの冷却水を、まるで涙みたいにして彼は泣くのだ。



140430
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