(ヴォス×クロック)R18



ふと真夜中に目覚め、辺りで思い思いに体を休める仲間の傍を離れる。特別疲労を感じていたわけではないが、限りあるエネルギーの浪費は避けたい。そうは思うもののクロックはひとり宛てもなく歩きだした。いやに月が明るい夜の中、散らばった金属片を軽く蹴飛ばしながら歩く。何かを期待していたわけでもなかったが、既に漁り終え完全に不要となった死体の群れの外れの、不自然に突出した岩の陰にぽつりとそれは落ちていた。
「……使えそうだが」
拾い上げたのは見覚えのある小型の通信機器だ。角が欠け表面に細かな傷は見られるが、スピーカーからはノイズ混じりに誰かの声が漏れている。クロックは一度、不在にも気付いていないであろう仲間たちの眠る方角を見やり、酷く聞き取りにくい耳障りなそれを胸に抱いたまま岩に凭れた。そうして月から隠れるようにずるずると地面に腰を落とす。
「誰か、聞こえているのか…?」
『…――、――――…、……』
「…駄目か」
酷く聞き取りにくいそれが古代のサイバトロン語だということに気が付き、クロックは排気混じりにひとりごちる。こちらの言葉を理解していない可能性もあるが、まず応じる気配もない。まるで遠い過去に取り残されたような心持ちになりながら、意味もなく声に耳を傾けた。やがてそうしているうちに、顔も知らない誰かの荒い息遣いが、余りにも不釣り合いな状況であるはずなのに、じんわりと体を芯から炙っていくような錯覚に陥らせた。懐かしいとも言える感覚にクロックは忙しなく膝をすり合わせ始める。
「く、そ…っ」
どうせ誰も見てはいない。再度周囲を確認し、岩陰に身を潜めて油断から緩く立ち上がったコネクタを取り出した。軽く握るだけでも久方ぶりの刺激だ、慣れない体の戦慄きを抑えきれない。自分のものだというのにつるりと丸みを帯びた先端から溢れる液に喉が鳴る。雑音を片手に徐々に自身を高めていった。だが、クロックは達する前に手の中ですっかり膨張し、吐精寸前にまでなったものから咄嗟に手を引くことになった。
『――、クロック…ッ、…――――、…』
「…っ、おい、聞こえているのか?」
『クロック、――…、――――のまま、――……』
聞き違いでなければ確かに名前を呼ばれた。それにそのまま続けろとも。まさか聞こえていたのだろうかという動揺よりも、見られていたのではという懸念に背筋が凍る。このまま自慰を続けられるほどに太い神経をしているつもりもない。クロックはがくがくと震える足を叱咤し、コネクタを岩に押しつけるように隠しながらなんとか立ち上がった。
「っは、あ…う、はあ…、ぅっ、うう…っ」
今すぐにこの通信機を破壊して、立ち去らなければと、そう思うのに体の自由が利かない。何か見えない手に押さえつけられているようだ。そればかりか機熱が先ほどよりも上昇している。岩に擦れたコネクタの小さな痛みが快感となって腰に絡みつく。手にした通信機が繰り返し悩ましげに名を呼べば、ひとりでに開いたハッチの中を温い風が撫で、全身が発火するように熱を持った。どういった仕掛けなのか、クロックは抗えないことを悟ると緩く腰を振り始める。
「あ、んんっ、くぅ…っ、はっ」
『クロック』
「黙、れ」
『――、いい?クロック』
気持ちいいか、そう聞いている。気持ち良くなければこんなことをしていないのかもしれない。手の平と一体化したように離れない声と、部分的に滑らかな岩肌を滑るコネクタ。たまらずに露わになったレセプタへと指を忍ばせて、クロックは聞いたことのない自身の声を聞いた。快感に濡れそぼった声が恐ろしいことにひっきりなしに溢れ出る。上手く舌がまわらない。言葉にならない。それでもレセプタを掻きまわす指だけは自由に絶頂へ導いていく。
「ひぃ、う、うぐ…っ、ん、ぁ、ああっ」
『っと――、聞かせ――…―――、クロック…――』
「あっ、あうっうっ、呼ぶな、や、め…呼ぶな…!」
『――…わ、…いい―――も――、……』
ぐちぐちと粘着質な水音が背後からも手の平からも聞こえている。興奮して早口になっているのか、そもそもそういった言葉なのかもよくわからない。ただ途切れることのない忙しない呼吸と同調し、クロックは戸惑った。まるで本当に今この場で交わっているような気さえした。仲間からはぐれ、死体の平野を背に、浅ましい姿を月に照らされながら鳴いて、そうして後ろから貫く相手が何度も名を呼んでいる。
『―――…―、……、――? 好きだよ、クロック』
「いや、だ…ッ、うっあ、あ、あっ、は、ふぅう…、ん、ぐッ!」
一層甘ったるい囁きにクロックは限界を極め、体を仰け反るようにして達した。噴き出したオイルが足と岩を伝い辺りを汚していく。クロックは余韻に肩を震わせながら、レセプタから引き抜いた指がてらてらと月明かりを反射する様子を眺めた。終わってしまえば呆気ないものだ。カシャンカシャンと音を立て、足元のオイル溜まりを除けばまるで何もなかったかのようで、悪い夢でも見ていたのだろうかと首を傾げてしまえる。
「疲れたな……、まったく、なんだったんだ…」
握っていた通信機はひしゃげ、もう何も聞こえない。あまりにも不透明な現実が手の中にぽつりと残っていた。クロックは熱が抜け切るのをじっと待ちながら思考を巡らせる。結局、相手の名も知らぬままに快感を追ったことを後悔した。知ったところで何かを出来たわけでもないが、最後になって確かに声は届けられた。胸に迫る想いだ。一度でもそれに応えてやることが出来たのではと曖昧な気持ちが生じて、首を振る。
「……戻るか」
俯きがちに岩から体を浮かしたところで派手に転び、クロックから残骸が転がり逃げた。



140224
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