その日、型月組の屋敷からは怒号が響いていた。
「だから!なんども言っているだろう!わかっているのか!?」
「あー!もう!エミヤ煩い!わかってるって言ってるじゃん!」
「その返答で理解しているとは到底思えないのだがな!」
「小言も煩い!!」
声の主2人は次期組長になる組員達のアイドルお嬢とその用心棒であるエミヤだった。
この2人が喧嘩することはよくあるがすぐに収まることの方が多い。
たまに大きく発展しても組長が諌めたり(あいにく今は夫婦でヨーロッパに旅行中だ)、もう1人の用心棒であるクーが止めたりする。が、
「今回ばかしは俺もエミヤに賛成だな」
「クーまでそんなこと言うの!?」
残りの組員はハラハラと行く末を見守っている。
仲介に入ったところで意味をなさないとわかっているからだ。
「〜〜っ!もうやだ!出てく!私、家出ていくからね!!!」
「「(えっ!?お嬢なに言ってんの!?)」」
「ああ、出ていくといい。私も清々する」
「「(えええええ!?)」」
「まあ、今回ばかしは俺も止めねぇな。出ていくなら好きにしろ」
「「(ちょぉぉぉぉ!?)」」
「バーカ!バーカ!エミヤもクーもバーカ!」
「語彙が少ないな」
「うっさい!バーカ!」
お嬢は力の限り怒鳴るとピシャリと音を立て家を出ていった。
残ったのは気まずい静寂のみ。
「エミヤ兄貴、クー兄貴....その....」
新入りが静寂を恐れずに口を開いた。
エミヤは新入りをギロリと睨み付け、足音荒くしてその場を立ち去った。
「あー、悪いな。エミヤはお嬢のことになると荒れるからよ」
「クー兄貴....。自分は大丈夫ですけど、その、お嬢は....」
「ま、夜までには戻るだろ。財布も携帯も持っててないからな。頭冷えたら帰ってくるさ」
クーは新入りに笑いかけ部屋に戻っていった。
「........本当に大丈夫っすよね....」
新入りは不安そうな小さい呟きをその背中に漏らしていた。
「本当信じられないです!そう思わないですか!アルトリア先輩!」
「正直、話を聞いていると喧嘩両成敗という感じなのですが....」
「ひどい!」
正直、家を飛び出しどうしようかと悩んでいた。
凛の家も士郎の家も歩けない距離では無いが遠い。
教会、とも思ったが早々に追い出されそうだ。
そんなことを考えていると士郎とアルトリア先輩に会った。
彼らはここらのスーパーのタイムセールに来たらしい。
そして事情を話し、彼の家に転がりこんだ。
「まあまあ、あの2人もお嬢を思って言ったわけだしさ」
士郎は空になった湯飲みに緑茶を淹れる。
それを啜るとほどよい苦味と深みが口の中に広がった。
「わかってるよぉ」
自分が意固地になってしまったのもわかる。
「夕飯食べてくだろ。そんで帰ったらちゃんと謝れよ?」
「はぁい」
久しぶりの士郎のご飯、それを励みに素直になる練習をしておこう。
「おい!?見つかったか!?」
「いや、まだだ....」
「っくそ!家にもまだ帰ってないみてぇだし....!」
辺りはすっかり暗くなり街頭が煌々と輝いている。
あいにく空は曇りで月も星も出ていない。
この中、あの少女が1人でいると考えると足元がふらついた。
「てっきり暗くなれば帰ってくると思ったんだがな....」
クーは一人ごちた。
同意こそしないがエミヤも同じことを思っていた。
だからこそ売り言葉に買い言葉、出ていけなんて言ったのだ。
だが暗くなってもいつもの夕食の時間になっても帰ってこない。
さすがに不安に思った矢先にTVのニュースで近くに通り魔が出たと流れれば、探しに行くのは当たり前だった。
クーとエミヤ、二手に別れて彼女の行きそうな場所隠れていそうな場所を探したが見つからない。
家からも戻ってきたとも連絡が来ない。
万事休すといったところだ。
pipipipi....
「っ!?」
唐突にエミヤの携帯の携帯が鳴り出した。
ポケットから取り出したそのディスプレイに表示されていたのは"衛宮士郎"の名前だった。
「なんだね、衛宮士郎。貴様にかまっている暇は無い」
『はぁ!?なんだよその言い方!』
「煩い、用件を早く言え」
『ったく....。これからお嬢送るから組の人に伝えておいてくれ。また下手に警戒されちゃ嫌だしな』
「いるのか!?」
『は?』
「お嬢はそこにいるかと訊いている!!!」
『ああ、うん、いるけど。アルトリアと今、ゲームやって「今すぐそちらに行く!!貴様もお嬢も家を出るなよ!!!」ちょ、おい、まt』
最後まで聞かずに電話を切る。
「おい、クー。お嬢は衛宮士郎の家にいるらしい....」
「な!?坊主ん家かよ!?」
そりゃ見つからないわけだ....と息を吐いた。
「んじゃ、まあ、迎えに行きますか」
「そうだな」
俺達のお姫様を。
「お、来たな」
「悪いな坊主。迷惑かけて。んで、お嬢は....」
「あー、うん。ほら、お嬢」
衛宮邸に着くと待っていたかのように士郎が2人を迎えてた。
大人の男が息を切らした様子を見て、最初は驚いたようだがすぐに苦笑を浮かべる。
そんな士郎の背から気まずそうにお嬢が顔を出した。
「....」
顔を出したもののなかなか喋ろうとしない。
そんな彼女に用心棒2人は頭を下げた。
「お嬢、この度は失礼を働き申し訳ありません」
「お嬢を護る身でありながら、この失態。ケジメをつけてもつけきれません」
この姿に一番驚いたのはお嬢だ。
公式の場で畏まるならまだしも、プライベートでこんなことをするのは初めてだ。
「頭上げて!悪いのは私もなんだもの!」
「いいえ、そういうわけには参りません」
「ご学友様に保護していただけなければどうなっていたことか。これは我らの失態です」
「ぁぁぅぅぅ....。ご、ごめんなさあああいいい〜!!!」
「「お嬢!?」」
「私、が、わる、い゛の〜!!うぇっうぇっうわ〜ん!」
突然の泣き声に頭をあげればくしゃくしゃに顔を歪ませ泣いているお嬢がいた。
「な、泣くなよ!お嬢!な?」
泣き出したお嬢に慌てふためくクー。
この展開に着いていけず呆けているエミヤ。
それを眺め苦笑を浮かべる士郎。
「ごめんなさあああい!!!」
「....私も強く言い過ぎた。すまなかったな、お嬢」
「エミヤぁぁぁ〜!私もごめんなさいいい!」
お嬢はエミヤの胸に飛び込むと、おずおずと彼も彼女の背に手を回した。
そしてゆっくりと強く抱き締める。
「見つからないかと思った....」
「....でもっ、こうしてっ、見つけてくれたよ!」
ありがとう、としゃくりあげながら言うお嬢をさらに強く抱きしめた。
こうしてお嬢捜索事件は幕を閉じたのであった。