キラキラと光る水。
響く笑い声。
今、私達は「わくわくざぶーん」となんとまあふざけた名前の屋内プールに来ている。
組員の1人がもらってきた無料券。
本人はカナヅチなのでプールには行かれない、そのため組員内を巡り巡って私に回ってきた券は4枚。
私にエミヤ、クーときて残り1枚を恋する乙女に渡した。
ちょっとしたハンディを抱える彼女は人混みは苦手だと苦笑していたが、意中の相手が来るとわかるとそれさえも克服しようと努力する。
まったく可愛いったら、ありゃしない。
「お待たせー!更衣室で凛に会ったんだけどさー」
「ああ、こちらも衛宮士郎と会った」
「ですよねー」
水着に着替える最中に出会った凛、桜、アルトリア先輩。
聞けば士郎も来ているという。
後ほど合流しようと約束し、先に私達は出てきたのだ。
「こはくー、私の後ろに隠れてもいいことないよー?」
頑なに私の後ろから出ないクーに恋する乙女――こはくは水着が恥ずかしいのか、先ほどから顔が真っ赤だ。
「ほら、クーに水着見せるんでしょ?こはくはスタイル良いから自信もって!」
小さな声で耳打ちすると、こはくは視線を泳がし小さく頷いて私の隣に並んだ。
「お、なかなか似合ってんじゃねぇか」
クーが口笛を吹いて感想を述べる。
こはくの水着は白地に青の小花がちりばめられたビキニだ。
露出が多いながらもデザインのおかげで清楚なこはくの雰囲気を壊していない。
こはくはクーから視線を反らし、手話と口パクで「ありがとう」と言った。
こはくと友達になってから手話を覚え始めたが、なかなか上達しない。
今みたいな簡単なのはわかるけど。
「.....似合っている」
「へ?」
そんなことを考えていたら隣から声が聞こえた。
見上げればエミヤがいる。
「彼女だけ誉められて拗ねられると困るのでね。.....お嬢もなかなか似合っている」
「へへへ、ありがとう」
私はパステルイエローに黒のリボンがついたタンキニだ。
なるべく肌の露出を避けた水着なため、こはくのビキニとは対照的になっている。
.....私の身体には――主に腹部には――親からの虐待の痣が色濃く残っている。
覚えていなくともやはり気になるし、他人から見ても気持ちのいいものではないだろう。
だから私はビキニは着れない。
スタイルも良くないので仕方がないが、やはりちょっと憧れてもいた。
それも全て踏まえて「似合っている」と誉めてくれたエミヤに少し嬉しくなった。
「さ!凛達と合流しよー!」
こはくは笑顔で頷いてくれたが、エミヤはあからさまに嫌な顔をする。
本当にエミヤは士郎が嫌いなんだから.....。
「ふぃー遊んだ遊んだー」
「ちょっとお嬢、おばさんくさい」
「凛ひどい!」
流れるプールに身を任せリラックスしていると、浮き輪に乗った赤い水着の凛がピシャリと言い放つ。
「お腹すいてきたねぇ」
「まあ、そろそろお昼過ぎたし泳ぎっぱなしだもの」
売店の方を見れば昼時を過ぎたせいか、だいぶ人が減っている。
行くなら今かもしれない。
「私、みんなの分なんか買ってくるよ」
「本当?ありがとう。お金はあとでいいかしら?」
「うん。あ、こはく手伝ってー!」
私達と同じように流れていたこはくを呼ぶ。
売店に行く旨を伝えれば、もちろんと言ったように頷いた。
「行ってきまーす」
「ナンパには気をつけなさいよー」
「そんなことされないから大丈夫ー!」
凛に見送られ財布を取りに更衣室へ向かう。
む、意外と距離あるな。
「で?クーとはちゃんと仲良くできてる?」
「っ!」
クーの話題を出すと、こはくは顔を真っ赤にして小さく首を横に振った。
「やっぱり緊張しちゃう?」
コクリと頷く。
確かに彼女は私や凛、桜やアルトリア先輩と一緒にいてクーの近くにはいなかった。
「そうだよねー。意外と水着って破壊力あるわ」
そういうつもりが無くても男は上半身裸なのだ。
どこか気恥ずかしくなってしまうのは仕方がない。
「午後はクーと遊べるといいね」
男共は3人で固まって誰が1番長く泳げるか、というしょうもない競争をしていたのだ。
凛達も士郎と一緒にいたいだろうし、午後は混合で泳ごう。
そう彼女に言おうとした時だった。
「ねぇ、もしかして2人きり?」
知らない声に話しかけられた。
染めているであろう金髪茶髪の男4人組、全体的にチャラい。
「(.....これが凛が言っていたナンパ!)」
ナンパなんかされないものだから、一瞬考えてしまった。
女子更衣室まではまだ距離があるし、かと言ってみんながいるところは遠い。ちょうど中間地点に私達はいる。
「どうせだったら一緒に泳がない?男ばっかでさ、寂しいんだよねー」
「けっこうです」
「あははー!厳しいなー!でもそっちの彼女は?なんも言わないってことは案外乗り気だったり?」
びくりとこはくの肩が跳ねる。
急に矛先が自分に向けられて戸惑いながら、それでもしっかり相手の目を捉え首を横に振り拒否の意を示す。
「いいじゃんいいじゃん!退屈させないからさー」
ナンパ男その2の視線はあからさまにこはくの胸に注がれている。
ほどよく膨らんでいる彼女の胸は女の私でさえ羨ましく思う代物であり、男が反応するのは当たり前なのだろうが.....非常にムカつく。
「いい加減に、」
いい加減にしろ!痛い目みたいのかワレェ!と暴れようかと思った矢先、視界の端に"彼ら"が映った。
「ワリィなぁ、兄ちゃん達。その2人俺らのツレなんだわ」
「用があるのなら、私達を通してからにしてもらおうか」
言葉通り「カタギではない」クーとエミヤの威圧感は本物だ。
しかも鍛えている身体を惜しげもなく晒しているため、力の差は歴然と悟ったのだろう。
ナンパ男達は一言二言言って、しどろもどろになりながら去っていった。
「いやいやありがとうありがとう!」
「ったく、お嬢ならもっと早くなんとかできただろうがよ」
「そりゃ、まあ」
はたと気がついた。
いつもだったらナンパなんかされないし、されたところで一睨みして一蹴するが今回はこはくがいたためあまり無茶はできなかった。
というか先ほどのナンパもこはく目当てだったのではないか?
そしてこの状況、使える.....!
「クー、こはくまだ怯えてるからさ一緒にいてあげて!私、エミヤと売店行ってくるから!」
「あ?あぁ、構わねぇけど」
隣から聞いてないよ!?と叫び視線を感じるが気づかないフリをする。
「じゃあクーよろしくね!行くよ!エミヤ!」
「.....腕に絡み付くなお嬢」
「へ?なんでー?」
半ば強引だがエミヤを引き連れ更衣室に向かう。
あとは頑張れ!こはく!
ああ、どうしよう。
遠ざかるお嬢とエミヤさんの背。後ろには先輩。
「おい、本当に大丈夫か?」
挙動不審な私をまだ怯えているせいだと勘違いした先輩は心配そうに眉を歪める。
大丈夫だと意味合いをこめて頷けば、先輩はそうかと優しく笑った。
「(か、かっこいいいいい〜!!)」
先輩、反則です。
さっきから私、すっごいドキドキしてるんですよ?
これ以上、ドキドキさせてどうするつもりですか?
先輩、先輩、大好きです。
助けてくれてありがとうございました。私、凄く嬉しかったんです。
そう伝えたいのに、私の声は音を奏でない。
筆談には道具もないし、手話も先輩はわからないから無理。
それでもお礼を込めて、頭を下げた。
「.....んじゃ、戻るか」
先輩は自然に、当たり前のように、私の手を握った。
「っ!」
「こうしてりゃ、もうあんなのに絡まれる心配ねぇだろ」
それに、と先輩は言葉を切った。
「.....あんまり他の男に見せてんじゃねぇよ」
「?」
「ほら、行くぞー」
なんて言ったか聞き取れなかったけれど、まあいいか。
引かれた手から伝わるぬくもりに自然と頬が緩んでいくのがわかった。