※こはくとクーが付き合っているお話




それは、本当に偶然だった。

先日、エミヤさんに頂いた料理のタッパーを返すために大学帰りに立ち寄ったお嬢の家。
一人暮らしをしている身としては、プロ並みに美味いエミヤさんの手料理をおすそ分けしてもらえるなんて、かなりの贅沢ものだと我ながら思う。
毎回ささやかだが手土産を持ってタッパーを返し、そのついでに料理を分けて貰うを繰り返して早数ヶ月。
今回も初めて作ったパンプキンパイを片手に来たのだが…。

「すいやせん、こはくさん。お嬢もエミヤさんも今家を空けていまして…」

珍しいこともあるものだ、とパチパチと目を瞬かせる。
申し訳なさそうに取り次いでくれたのは、お嬢の家で住み込みで働く方だそうだ。
大柄な体を小さくさせ、謝罪を告げる彼に、ならタッパーだけでも受け取って欲しいという旨を伝えると、もうじき帰ってくると思うから居間で待っててくれと家に上げられてしまう。
遠慮する間もなく、玄関に上げられた私を置いて、彼は忙しそうに外に出て行ってしまった。

「(忙しい時に来ちゃったかな…)」

それにしてもどうしよう。このまま居座るのも居心地が悪いし、何よりタッパーはまだ私の手の中だ。
仕方ない、と腹を決め、エミヤさんに料理を教えてもらう際、数回ほど足を運んだことがある台所へと向かう。

「(あれ…?)」

ふと、途中にある臥間が空いているのに気づいて足を止めた。
もし人がいるのなら勝手に上がり込んだことに対してきちんと謝っておいたほうがいいだろう。
そう思い、覗き込んだ部屋の中には…。

「(く、クーさん!?)」

座布団を枕替わりにして、仰向けに寝転がっているクーの姿がそこにあった。
蛍光灯の光が眩しいのか、額に当てられた腕は目元に影を作っている。

「(…寝てる…?)」

できるだけ息を殺し、足音を立てないように近づけば、小さな寝息が聞こえてきた。
荷物を下ろし、彼の側に腰を下ろしても彼が起きる気配はない。

「(…あ、クーさん睫毛長い…)」

普段、持ち前の気質と不憫体質、それにくるくる変わる表情のせいで気づかなかったが、彼も意外と綺麗な顔立ちに分類されるということに初めて気づかされた。
肌も女性に負けないぐらい白く整っているし、薄く開いた唇は厚くもなく薄くもなく、綺麗な形をしている。
意志の強い、比喩でもなんでもなくキラキラ輝いている瞳は、今は瞼の奥に隠されていて、彼の寝顔をよりあどけなくしているように見える。
もうじき三十路を超えるのだから大人しくしてくれ、とエミヤさんに小言を言われる年齢の人にはとてもじゃないが見えない。

「(綺麗…)」

寝顔を見る機会なんて、滅多にないだろう。
恋人になった今でも、当たり前のように住む場所はバラバラだし、彼にはお嬢を守るという重大な仕事がある。
それに朝は彼の方が強く、私が起きる頃には起きて、私の寝顔を観察しているということが多かった。
と、言うわけでこれで見納めになるかもしれない彼の寝顔を、私は無意識の内に近くで見ようと近づきすぎていたのかもしれない。

「(クーさんの…寝顔…)」
「……キスの一つでもしてくれんのかって、期待したんだけどなぁ?こはく?」
「!!???!?」

ばちり、突然開かれた真紅の瞳と私の視線が間近で交差する。
あまりのことに声にならない悲鳴をあげながら思いっきり後ろに飛びずさる私を見て、悪戯の成功した子供のように目を細めるクーさんの顔が直視できない。

「あsdfげrkjlmp」
「驚かせて悪かったから、少し落ち着けって。何打ってあるんだか読めねぇよ」

慌てて取り出した携帯は動揺のあまり意味をなさず、意味不明な文字列を生み出していく。
それすらも面白そうに彼は笑うものだから、今度は動揺の代わりに消え入りたいほどの羞恥が顔を覗かせる。
体を起こしてこちらに向き直る彼は、くつくつと喉を鳴らしていた。

“わ、笑わないでください!だ、第一何処から起きてたんですか!?”
「あー…そうだな。こはくが部屋に入った辺りからか?」
“そ、れ!!じ、じゃあ、全部…!!”
「可愛かったなー。なにせ真剣に寝顔観察なんて」

もういい、聞かない、聞きたくない。
楽しげに話す彼の声をこれ以上聞かないように耳を塞ぎ、小さく膝を抱える。
もうやだ、恥ずかしくて蒸発してしまいそう。
むしろ穴があって…いや、なくても入りたい。
小さな勘違いから見事に晒してしまった醜態に、恥ずかしくて泣きたかった。

「だから、悪かったって。いい加減顔あげろよ」

無理、無理です。
だって、もう、無理です。
耳を塞いだまま、小さく首を横に振る。
今の顔を見られたら、本当に恥ずかしくて消えてしまう。

「…ったく、」
「…?」

小さくため息が聞こえ、ついに呆れられたかと一抹の不安にかられる。
伺うようにそっと顔を上げれば、耳においていた手を取られ、柔らかく唇を塞がれた。

「……―――」
「次はコレくらいしてくれよ?お姫様」

そう言って笑う彼の顔はひどく格好良くて。

「〜〜〜っ」

骨抜きにされた私が、そのあとエミヤとお嬢が帰ってくるまで彼の腕と膝の間で抱きかかえられていたのは言うまでもない。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -