※大学に入った最初の頃お嬢は1人暮らしをしていました。今はもう実家に帰ってます。そんなお話。



「………う」
「………」
「……ぃ、…」
「………」
「おい、お嬢!」
「はぇ!?」

眼前で出された大声に思わず変な声が出た。
驚いた拍子にびくりと体が過剰に跳ね、その滑稽な姿を見た周囲の人からクスクスと忍ばせきれていない笑い声が聞こえてくる。
恥ずかしい。

「なぁ、どうしたんだ?お嬢。なんか今日1日変だぞ」
「そうですよ、お嬢。私が話しかけても上の空だし、士郎の先程の問いかけなど丸で聞いていないようではないですか。…はっ、もしかして腹が減っているのか!?」
「それんなんでぼんやりすんのはお前ぐらいだ、アルトリア。でも、何処か具合でも悪いのか?もしそうなら今日はもう…」
「う、ううん!大丈夫!ちょっと考え事してただけだから!で、ごめん、士郎。さっき言ってたこと、もう一度言ってもらってもいい…?」

心配そうにこちらを覗き込んでくる二人に慌てて笑顔を向ければ、揃って渋い顔がこちらを向いた。
はは…まぁ、そりゃ、バレますよね…。
本当は、体調はあまり良くない。
でも数日前から若干のだるさと軽い喉の痛みしかなく、今も少しぼんやりはするが、実のとこ医者にかかるほどではない…と思う。
風邪の引き始めの症状なのはよく分かっているから、気をつけてはいるからきっと大丈夫だろう。
だから私は未だ渋い表情を続ける二人に苦笑を一つもらし、もう一度大丈夫だと告げ直した。

「大丈夫、大丈夫。そんな心配するほど具合悪くないからさ。それに今日はこれで授業も終わりだからさっさと帰って寝るよ」
「…悪いな、今日バイトじゃなかっから何か栄養のあるもんでも作りに行ってやれたんだが…」
「…すまない。私もこの後授業がまだあるので送っていくことは…」
「もう、心配しすぎだって!二人とも。あ、でも士郎のご飯は美味しいからまた作りに来てね。じゃあ、お先に!」
「あぁ、分かった」
「気をつけて、お嬢」

士郎が片手を上げ、アルトリアは律儀に軽く会釈をして私の挨拶に答える。
それに手を振ると私は二人に背を向け、授業が終わり生徒がまばらなになり始めた教室を後にした。






体調の変化に気付いたのは、電車に乗っている時のこと。

「(………不味い)」

なんか少し暑いなと感じた瞬間、急激に体調が悪くなっていくのを肌身で感じた。
くらりと目眩がし、吐き気と悪寒で立っているのすら辛い。
不幸にも席は埋まっていて、その場にしゃがみこむわけにも行かず、後少しだからと必死に自分に言い聞かせ、吊革にすがるように立ち続けた。

“……まもなく到着いたします。お降りのお客様はお忘れ物がございませんよう―――…”

漸く目的の駅のコールが聞こえる。
霞始めた視界と幕が張ったように聞こえにくい聴覚を叱咤し、体を引き摺るように帰路に着く。
駅から住んでいるマンションまでさほど距離はないはずなのに、歩くのがやけに辛かった。
やっとの思いで自室の扉を開け、玄関に着いたのが限界で。

「……っ」

一階で良かったと場違いな安堵をしながら、私の意識はそこで途切れた。







暖かい。冷たい。

適温に暖められた自室の布団で、濡れタオルを頭に乗せ横になっていた私は、合わない焦点をぼんやりと天井に向けた。

「…起きたかね?」

エミヤ?
玄関と部屋を繋げるドアを開けて入ってきたのは見知った人。
不機嫌そうに寄せられた眉は小言を言う10秒前だとクーが呆れていたっけ。
何故此処に、と問いかけたはずの声はどうやら形にならなかったらしい。
エミヤは静かにベッドの横に腰を下ろすとため息をついてこちらに向き直った。

「驚いたぞ。なにせ様子を見に来たら玄関に死体があったものでな」

やっぱり倒れてたかと途切れた記憶を辿り、空笑い。
ベッドまで運んでくれたのは言わずもがな、エミヤだろう。

「だいたい、体調には気を付けろとあれほど言っておいたのに。お嬢、君は何をしているのかね?私が今日来なかったらどうするつもりだったんだ。あんなところで倒れていたら、余計酷くなるに決まっているだろう」

えぇ、返す言葉もありません。
もう一度笑おうとしたら、ケホッと咳が出た。
エミヤの眉のシワが深くなる。

「…全く」

ごめん、迷惑かけたね。
そんなことも言えない自分が情けない。
もう何度目になるかも分からないため息をついて、立ち上がるエミヤに一抹の不安が過る。
呆れただろうか。
このまま帰ってしまうのだろうか。
私は一人に、

「もう一度休みたまえ。次に起きるまでに何か栄養のあるものを作っておこう」

うむ、まだ熱もあるな。
タオルが退かされ、硬く冷たい手が乗せられる。
薬と食材はクーに買い出しさせるとしよう、とぼやく彼は酷く優しく私の頭を撫でた。
あぁ、エミヤは側にいてくれるんだ。
安堵と同時に広がった睡魔に身を任せ、冷たく優しい手が離れてしまうのが惜しくて額を刷り寄せる。
そうだ、眠ってしまう前にこれだけは言っておかなければ。

「…ありがとう、エミヤ…」

そうしてゆっくりと私は眠りに落ちていった。




小さく寝息が聞こえる部屋で、口元を抑え、頭を抱える男が一人。
あれは反則だと呟く声は、眠りに落ちた私には届かなかった。







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