「お嬢!」

いい天気だなぁ…とか考えながら散歩に勤しんでいた昼下がり。
跳ねるような声に呼ばれ、後ろを振り返ればこちらに向けて大きく手を振る凛の姿と、その隣で静かに頭を下げた桜の姿が見えた。

「凛!桜!」
「こんにちは、お嬢」
「お嬢も買い物ですか?」
「ううん、ちょっと散歩。桜と凛は?姉妹仲良くお買い物?」
「いえ、私たちは…」
「ちょっとこれから人に会いにいくのよ。…あ、そうだ。桜」
「あぁ、そうですね。お嬢も一緒にいかがですか?」

駆け寄った私に事情を説明してくれていた二人が、突然何かを思いついたように微笑み合い、こちらを向いた。
一連の会話の流れから桜たちはこれから人に会いにいくということは分かる。
それは流石の私でも分かるのだが…。

「え?これから人に会うんでしょ?それって私がいちゃダメじゃない?」

いくらなんでも二人の知人に会うのに部外者の私がついて行ってはダメだろう。
旧知の仲の二人で、日々ムードクラッシャーとエミヤに言われ、クーにまで苦笑される私でも、流石にこの時ばかりは空気を読んだ。

「是非、お嬢にも会っていただきたいんです」
「だいじょーぶよ!何もお偉いさんとの会合に一緒に来いって言ってんじゃないんだから!」
「それに人数が多いほうがおじさんも喜ぶと思います」
「そうそう、お嬢のことも紹介したかったしね」
「え、いや、でも流石に…」
「あーもう!つべこべ言わない!ほら、行くわよ。お嬢!」
「り、凛!?」
「おじさんを待たせちゃ悪いですからね」
「桜も背中押さないで、って待って待って!ちょっと、二人とも!」

有無も言わさず右手を凛に取られ、桜に背中を押し出されるようにして歩き出す。
慌てて声を上げる私の意見なんてまるっと無視。
近くのコーヒー店に連行され、強制的に席に座らせられるまで、二人は決して私の手を話そうとはしなかった。





カラン…。
頼んだアイスコーヒーの中で氷が溶ける音がした。
目の前にいるのは二人の男性。
私の両サイドでは遠坂姉妹ががっちり脇を固めている。
席について早々ですが。私。
非常に気まずいです。

「えっと、久しぶり。凛ちゃん、桜ちゃん」
「お久しぶりです、雁夜おじさん」
「紹介するわね、こちらは私たちの友達で…」
「あ、えっと、はじめましてお嬢って呼ばれてます。その…2人の友達で、えっと、よろしくお願いします…?」
「そうか…。なら初めまして、お嬢。俺は凛ちゃんや桜ちゃんのお父さんとお母さんの…知り合いでね。みんな、雁夜おじさんって呼ぶから、お嬢もそう呼んでくれると嬉しいな」
「え、でも…」

穏やかな笑顔を浮かべながら話す彼は、どう見ても20代後半から30代前半あたりにしか見えない。
楽しげに笑顔を浮かべる様は、細いその体型と相まって、もっと若く見えてしまうほどだ。
少なくても進んで「おじさん」と呼べる容姿ではない。

「おじさん、こう見えても40近いのよ。全く、年齢詐欺にも程があるわよね」
「え、嘘!?」
「私のお父様の知り合いなのよ?当たり前じゃない」
「え、だって全然そんな風に見えな…」
「…やっぱり俺って童顔なのかなぁ…」
「気を落とさないでください、雁夜」
「可愛いおじさんも大好きですよ」
「桜ちゃん…!」

雁夜さんの隣に座ったちょっと影のあるイケメンがその肩を叩き、桜がフォローなのかそうじゃないのかよく分からない言葉をかける。
桜の言葉に感動してうっかり涙ぐんでいるその様は、やはり年上というより庇護欲を誘うもので、可愛い可愛いと連呼する桜の気持ちも少し分かる気がする。
年上の男性に可愛いとはどういう了見かとエミヤには渋い顔をされそうだが、可愛いものは可愛いのだから仕方がない。
だって可愛いんだもん。

「雁夜、私の紹介をしていただいてもよろしいでしょうか」
「あ、うん、悪い。お嬢、こいつはランスロット。俺の…まぁ、仕事の相棒かな?」
「よろしくお願いします。お嬢」
「こいつはイギリス出身なんだ。一通りの日本語は話せるけど、まだまだ怪しいとこがあるから、いろいろ多めに見てやってくれると嬉しいな。桜ちゃんたちもよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

差し出された手を軽く握りながら、改めてランスロットさんを見る。
背はきっとうちの保護者'sよりも高い。
体つきもしっかりしていて、手袋ごしの手も厚い。
エミヤやクーも割と筋肉質ではあるが、ランスロットさんも負けてないだろう。

「ランスロットさん、昔槍投げか何かやってました?」
「…?いえ、特には何もしてませでしたが…」
「おっかしいなー。クーと似てる体型してるから絶対に槍投げとかしてた思ったんだけど…」
「お嬢、筋肉質な人が皆槍投げ選手って訳じゃないんだからね」
「そ、それは分かってるけど!」
「ふふ、お嬢は面白い方ですね」

楽しそうな声でランスロットさんが笑うと、桜も触発されたように笑い出し、雁夜さんまで笑いをこらえる仕草をしている。
唯一笑っていない凛は呆れたようにため息をつき、カフェラテを口に含んだ。

そのあとも散々からかわれ、呆れられ、私がようやく遠坂姉妹に解放され、雁夜さんとランスロットさんに別れを告げた時には15時を過ぎていた。






「ただいまー」
「遅い」

ふらりと帰りに商店街に並んでいたたい焼きを購入し、帰宅した私を出迎えたのはいつもの「おかえりなさい」コールではなく、エミヤの不機嫌そうな声。
遅いと言われたが、日はまだ傾き出した頃だし、普通の大学生なんかよりよっぽど早く帰ってきたはずだ。

「そ、そんなに遅くないじゃん!ちょっと散歩行ってただけだよ!?」
「まぁ、言い訳は後で聞こう。それより、組長が君を呼んでる。奥の間にいるから早く行け」
「おじいちゃんが…?」

なんだろう。
大学が春休みな今、勉強のことで呼び出されることはまず無い。
と、言うより勉学の面では祖父母よりエミヤの方がうるさいので、特別心配はしていない。
普段用があるなら自ら出向くぐらい元気な祖父が、今回は回りくどくエミヤを玄関に待たせてまで伝言を頼んだ。
なんだろう、本当に。

「って、あれ?エミヤも一緒に行くの?」
「組長に呼ばれているのは私もなのでな。クーは先に行っている」

ますます見当がつかない。
仕事の話なら私を呼ぶ必要がないし、現在の私の生活事情についての報告にも本人がいる必要はない。
分からないち小さく首を捻りながら、目的の部屋の障子の前に礼を取り、形式上のキチンとした挨拶を述べた。

「私です。ただいま戻りました」
「入りなさい」
「失礼いたします」

障子を開け、正座のまま入室する。
エミヤが中に入り、障子が閉められたのを確認したところでようやく私は顔を上げた。

「―――え?」

私から向かって左側にはクーとおじいちゃん。
その向いに客人が座るというのはいつも通り、別段何らおかしなところはない。
そして、私が驚いたのはおじいちゃんの部屋に客人がいたという事実ではなく。

「驚かせちゃったかな?」

困ったように笑うその姿、今日の午後嫌と言うほど見た。
その横で黙したまま座っているイケメンの横顔も。

「え?…ぇえ!?雁夜おじさん!?な、なんで!?」

客人に向かって突然態度を崩した私にエミヤが眉を寄せたのが見えたが、そんなことは今は関係ない。
だって雁夜さんは凛ちゃんたちの知り合いで、そのお父様と友好があって、それで―――。

「改めまして、ご挨拶させていただきます。私の名前は間桐雁夜。現在“マキリ”の外交と交渉を担当させていただいております。本日は型月組の次期組長様と現組長様にお話があり、お目通りを願い出た次第でございます」

無表情にすら見えるその横顔は真っ直ぐおじいちゃんを向いていて。
丁寧な口調のはずなのに自分を下に見せないその交渉態度は、私から見ても手馴れており、かなりの場数を踏んでいることがひしひしと伝わってくる。
今日の午後、穏やかに微笑んでいた彼と同一人物だと言われても信じられないほどの豹変具合に私はただただ呆然と事態を静観していた。






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