それはこれから満たされていくという心地好い予感。同時に、やがて消えゆくという恐ろしい予感でもあった。
喜びと恐怖と、永遠にそれを繰り返しながら存在するものであると理解しつつも認めきれないでいる。
彼は夜によく考え事をした。空より注がれる淡い光を仰ぎながら、あれこれと考える。
己の人生のこと、世の中の流れ、家族、友人、そして想いを寄せる人のこと。明るいことばかりではないが暗いことばかりでもない。そしていつものことながら、その考え事に明確な答えが出たことはなかった。彼には優柔不断なところがあったのだ。
だがここ最近、彼の内に今まで見ることのなかった揺らぐことのない意志とでもいうべきか――ひとつの芯が姿を現したのだ。真っ直ぐに伸びるその芯は彼という人間の全てにおいての礎であるかのようにしっかりと彼を貫き支えている。
この芯のあるがままに、俺は生きるべきなのだ。そうでなければなるまい。それが真理、そうあることがまこと自然。
この芯の出現が彼をみるみる変えていった。今や彼というものを構成する中心となったそれにまるで服従するかのように、全てを決断していき彼は新たな人生を歩み始めた。
今まで感じたことのあった恐怖や不安が嘘のようだった――ただ滑稽としか言いようがない。
この世のありとあらゆるものに対し間違った見方をしていた――まだ啓かれていないもののなんという美しさ!
この芯は彼の内で徐々に形成されていったものなのか、それとも誰かに植え付けられたものなのかそれは彼自身にも解らない。ただそれは確実に変化を齎して満ちていく。満たされる快感に彼は溺れ、驕り、忘れていった。いつか感じたやがて消えていく予感を。そして、彼が考え事をする度に見上げていた月という存在も。
彼は満月から向こうを、将来再び思い知らされることになる。
11/6/27
『ゐ』
亥の刻に、空に架かった細い月