この場所は自分の為に在るのか、それとも自分がこの場所の為に在るのか――それが今明らかになったのだと思った。
 シャルがここを離れようと決意した途端、突如風が吹き荒れあの深緑の美しい木々達を荒ぶるものへと豹変させてしまった。この場所、彼の楽園の安寧を奪い去るように。

 いや、その安寧を奪ったのも私自身。

 楽園の変化は風だけ留まらなかった。大地に亀裂が走り、彼とネアの住居はがらがらと大きな音を立てながら崩れていった。風に揺らされていただけの木々も、耐えられなくなったのか次々と倒れ始めそこに住んでいた生き物達が慌てて逃げ出していく。
 とてもではないがもう生き物が住める状態ではない。この場にいるのも最早危険な状態だった。
 突如起こった変化に困惑しながらしばらくおろおろとしていたノアはようやく我に返った。
「シャル、ここは危険だ……! 早く逃げないと」
「――うん。そうだね」
 シャルは虚ろにそう答えて、ゆっくりと歩き出す。だがそれは逃げようとして歩き出したのではなかった。
 風に薙ぎ倒された木の傍にシャルはしゃがみ込む。
「シャル、どうした……」
 シャルは何かをそっと撫でていた。ノアが覗き込むとそこには、逃げ遅れたと思われる小さな鳥が横たわっていた。この場所で、彼と共に生活をしていた内の一羽。シャルにとってここに暮らしていた動物達は、シャル以外の人間がいない間の唯一の話し相手だった。
 もちろんもう息はない。
「シャル……」
「こういうことなんだ、ここから出て行くということは。知らなかったなんて……とてもじゃないが言えない。私にはそんな資格は無い」
 そう言って、シャルはゆっくりと立ち上がった。
「もう、私の楽園は――どこにも存在しなくなってしまった」
 こうなることをどこかで知っていて、ノアの言葉を受け入れた自分は何て愚かなのだろうとシャルは思った。だが同時に、抗うことなどできやしないのだとも思う。
 楽園を、希望を失うことは必然――。
「ノア、行こうか」

 虚ろな眼差しを何処かに向けながらシャルはゆらりと歩き出した。ノアは何も言うこともできず、その後を追った。
 入り口に辿り着くと、シャルは自分を育みそして拘束していた楽園を振り返った。
 何もかもが崩れ去り、そこには本当に。
 もう彼の希望は存在していなかった。




『ら』
楽園の崩壊、希望の喪失



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