「閏(じゅん)」
 平凡な毎日が、実はとても大切なものだなんて言ったのは一体誰だろう。
「閏聞いてる?」
 俺にとっての平凡な毎日は――。
 この図書館で。
「……聞いてる」
 綾乃(あやの)に会うこと、だろうか。

 頻繁にではないが、たまに病気でも何でもないのに閏は学校を休むことがあった。所謂さぼりである。
 閏の母親の出勤時間は閏よりも早かったため、学校をさぼるのはとても簡単なことだった。だがそもそも、病気であろうが何だろうが閏の母親は息子が学校を休むことを特に気にしてはいなかった。
 閏の幼馴染である市川綾乃(いちかわあやの)は、たとえ学校を休んでもここ――市の図書館へは閏が来ることを知っていたので、学校帰りに寄ったのだった。
 閏はほぼ毎日、この図書館へ通っている。
 綾乃も割と頻繁に通っているが閏とは違い週に二三度程度で、また閏とは図書館に行く理由が異なっていた。
 綾乃は学校で見なかったその姿を図書館で見つけて、そっと話しかけた。
「今日はどうして休んだの?」
「別に……」
 どうせそんな答えしか返ってこないだろうということは十分分かってはいたが、案の定そうだった。
 深く追求しても無駄だということも綾乃は心得ていたので、今日の授業分のノートを手渡してさっさと本を読もうと綾乃は思った。
「はい、これ。明日返してくれればいいから」
 何も言わずに閏は綾乃からノートを受け取ると、珍しいことにぱらぱらとページを捲り出した。
 いつもなら、うんとかああとか、一言二言何か言って終わるはずの二人の会話が、閏の珍しい行動によって継続されようとしている。
 ――何か、言いたいことがあるのだろうか。
 綾乃は黙って、ノートをぱらぱらと捲る閏の言葉を待った。
「お前にとっての平凡な毎日って……どんなの?」
 どうしたというのだろう。今日の閏は。
「平凡な、毎日?」
 多少戸惑いつつも、綾乃は自分の答えを探した。

 平凡。ありふれた毎日。他愛の無いもの?
 ――でも欠かせない、何か。

「閏に会うこと、かな」
「え?」
「そういえば家族以外で毎日……えっとほぼ、毎日かな。こうやって会って話したりするの、閏だけ」
 綾乃は微笑みながら閏を見た。
 閏は綾乃の言葉を聞くとゆっくりと顔を上げて、そんな綾乃の視線に応えるように見返した。
 そういえば、こんな風に。
 こんな風に安心して人の顔が見られるのは、綾乃と喜平(きへい)さんだけ……だ。
「別に俺だけじゃなくて、クラスの奴らともほぼ毎日会って話すじゃねぇか」
「あ、そういえばそうだね。でもなんか、閏だけって気がして」
 何でだろう、そう言って綾乃は軽く笑った。
 綾乃に対してそう言ったものの、閏は自分も同じような答えを持っていたのだからひとのことは言えない。

 安心感、と称してしまうには些か冷めた感覚が閏の中で澱んでいた。
 それは我侭なのか単なる臆病なのか、閏は綾乃さえいれば自分は生きていけるなどとはとても思えず、しかし依存してしまっているのは確かなように思う。
 平凡な毎日がいつまで平凡なままかは分からないし、このままでいいのかという不安もあった。だが、自分の前で笑ったこの一人の人間無しに、もう自分はきっと成り立たない、成り立てないことをどこかで知っておく必要があると考えたのだ。
 友達や、恋人などという分類は抜きにして。




『れ』
恋情ではなく、友愛でもなく



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