きれいにラッピングされていた小さな花束はすっかりぼろぼろになってしまったが、少し考えた後、アサギリは当初の目的通りそれをマリスに手渡した。

「私にですか?」
「そ、そうだ。マリスに……プレゼントだ! いや、その、誕生日でも記念日でも何でもないんだが、マリスに……ぴ、ぴったりの花だと思ったんだ。何がぴったりって別に大きさとかじゃなくて、うん、まぁ、色かな? で、せっかくきれいに包んでもらったのに……帰る途中、変なやつに絡まれたり、野良猫に喧嘩売られたり色々あって……その、す、すまない」
 長ったらしくここまでの経緯を述べた後、アサギリは深々と頭を下げた。
 マリスと言葉を交わす恥ずかしさよりも、今はせっかくの花束をぼろぼろにしてしまったことに対する申し訳なさでいっぱいだった。

 遡ること三時間前。
 天気がいいのでアサギリは特に目的も無く外へ出かけた。
 ぶらぶらと歩いていると、ふと花屋の前を通りかかった。その花屋で売っていた白い花、買ってすぐの時は覚えていたのだがすっかり名前を忘れてしまった、その花を見た時にマリスの顔がぱっと浮かび、そして瞬時にこの花を彼女にプレゼントしなければ!という衝動にアサギリは駆られ、花を購入しラッピングもしてもらったのだ。
 あとは浮かれ気分で来た道を戻ればよかったのだが、特に目的もなくぶらぶらしていたせいか、行き慣れない場所に自分が来てしまっていたということにそこで初めて気がついた。
 少し戻って花屋に道を訊き、事務所へ戻ろうと歩いていくが、いくら歩いても見慣れた道へ出られない。
 方向音痴でもない自分が何故こんなに道に迷うのだろうと不思議に思いながら、ひたすらに歩き続け……そしてその間に、妙な連中に絡まれたり、さらに野良猫だけでなく散歩中の犬やカラスに襲われるというハプニングに見舞われ、その上、道で倒れている人を見つけて救急車を呼んだりと、様々なことがあって、ようやく事務所に戻った時には三時間が経過していた、とそういう訳なのである。
 そしてあんなにもきれいだった花束は、ラッピングが汚らしくなりまた花にも元気がないせいか、実に貧相な姿になってしまったのだ。

 せっかくのプレゼントが!!

 とてもプレゼントには見えないプレゼントにはなってしまったが、これは彼女の為に買ったのであって、決して事務所に飾ろうと思って買ったわけではない。性格上アサギリはわざわざそんなことを考えたりはしないだろうが、ぼろぼろになってしまったからといってその花を事務所用にしようなどという気は彼にはない。
 ただ、彼女は喜んでくれるだろうか。それを少し考えてから、思い切ってマリスに手渡したのだった。

 マリスは手渡された花をまじまじと見つめる。
 深々と頭を下げているアサギリにはマリスの様子が見えない。その上、私にですか、と言ったきりマリスが何も言葉を発しないのでアサギリは不安になった。
 ぼ、ぼろぼろすぎて絶句している……とか!? それともうれしすぎて……絶句?
 不安の中に浮かれた考えを織り交ぜながら、しばらく頭を下げた状態でいると、ようやくマリスが口を開いた。
「きっと遠くまで行かれたんですね。それとも、大冒険をしてきたのでしょうか?」
 その声に思わずばっとアサギリは頭を上げ、マリスの顔を見た。
 優しい眼差しで花を見つめているマリスの左右の口角が、僅かだが上がっている。
「わ、笑って……る?」
 普段そんなに表情を変えることのない彼女。
 他の人が見れば、マリスの表情は笑っているようには見えないかもしれない。しかし、アサギリには今のマリスの表情が極上の笑み、まるで女神の微笑みのように見えた。
「隊長、ありがとうございます」
「あ、いや、うん……どう、いたしまして」
 しばらくマリスの顔に見とれた後、これ以上赤くできないと思える程顔が真っ赤になりアサギリは倒れそうになった。




『た』
ただ、君の為に。ただ、それだけ。



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