ディジェは隣で懸命に祈りを捧げる少女を見る。硬く手を握り合わせ目を瞑っている少女は、何を、誰に祈るのだろう。
 だいたい予想はついていたがディジェは少女に尋ねてみた。
「何をそんなに叶えてもらいたいの」
 少女は目を開け、手は解かずにディジェの方に顔を向けた。少女のきれいな目にディジェの顔が映る。ディジェは自分の顔の映った少女の目を、まじまじと見つめてみた。
 ――本当に、見た目は人間と何ら変わらない。
 それなのに自分は人間ではないのだと思うと、何だか不思議な感じがした。そしてこれ程までに、なぜ人間と神は隔絶した存在になってしまったのか。今更になって、それを強く知りたいと思う自分がいることに気がつく。
「あたしは……神様にお父さんを守ってもらいたいの。神のご加護、ってあるんでしょう? だから最近は毎日教会に来て、お祈りをしているの」
 そう言って少女は、ところどころ割れてしまっている眼前のステンドグラスを見上げる。一部が欠けてしまっていても、その美しさを失わないそれに少女は思わず目を細めた。
 父親と一緒に来ていた時は、このような状態ではなかった。そのことを思い出し、戦が起こっている今の現状を改めて少女は認識する。
 ――お前や母さんを守る為に、父さんは戦うからな。
 そう言って父親が家を出てから、もう一ヶ月が経ってしまっていた。その時間が短いのか長いのかは見当がつかないが、少女にとっては随分な時間に感じられた。
「できれば早く帰ってきてほしい……でもそれが無理ならせめて」
 少女は目を瞑り、再び祈りを捧げる。
「どうか、お父さんが無事に帰ってきますように」
 そんな少女の姿を見て、ディジェは申し訳ないような気もしたが、自分がそんなことを感じる必要はない、という気もして、何だか複雑な心境だった。
 僕も一応神って呼ばれる類なんだけど、そんな願いは叶えられないな……って、まあ神様っていってもいっぱいいるし、もう昔のことなんて忘れちゃった人間にとっては、僕は神様なんかじゃないんだろうな。
 などと、あれこれ心中で呟く。
 そんなことをしていると、少女が突然顔を上げディジェに向かって大声で言った。
「お兄ちゃんもせっかく来たんだから、お祈りしていきなよ!」
「え、あぁ、僕?そうだなぁ」
 ディジェが教会に来たのは別に祈りを捧げる為ではなかったのだが、少女にせっかくだからと言われたので、そうしようと思った。
 そしてふと、搭の老人が言っていたことを思い出す。

 あの娘はお前と同じじゃ。元は同じ存在だった人間と神の、神の方の一族じゃ。
 お前は、決してひとりなどではないのだぞ。

 ――いつも水晶でしか見たことのないあの少女に。
 祈ればあの少女に、手が届くだろうか。

「うーんじゃあ、お祈り、しようかな」
 ディジェはゆっくりと手を握り合わせる。こんなポーズをしたのは生まれて初めてのことだった。少女は再び祈るのか、ディジェが目を瞑るのを見るとそれに倣うように少女も目を閉じた。
 ……いつかあの子に、直接会えますように。

 少女とディジェはしばらくの間、祈り続けていた。




『か』
加護の祈り



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