月夜の荒野を駆けるのは、
兎か、狐か、それとも狗か。

いや、息を切らせながら走るあの姿、ああ、あれは人。

声は上げない

その空気の振動は、確実に彼を死へ近づける。

いつもの白装束は消え失せて、今その身を包んでいるのは黒装束。
そして、ところどころに紅い跡。
随分と湿って、重たくなっている。


ふと立ち止まり、月の穏やかな光を目に焼きつけた。
もう最後だと思う。
様々な痛みで、思わず涙が出てしまった。


それは弾丸が身体を貫いた痛みだっただろうか。
それとも敵に殴られた痛みだっただろうか。
それとも――


目の前に突如現れ、行く手を遮る影。
その影に向かい合い、風と、そして風にそよぐ草の音を聴いた。
月光を受けて煌いたのは、やはり
彼の痛みを断つモノ。


月夜に吠えず、ただ崩れ落ちた一つの影は
確かな熱を感じていた。
自分の身体から、心から流れ出る熱。
最初で最後の火傷。
その痛みだけは、愛おしかったけれど。


それは弾丸が身体を貫いた痛みだっただろうか。
それとも敵に殴られた痛みだっただろうか。
それとも――

それとも、長くはもたない自分の命の痛みだっただろうか。




『は』
儚さの影に潜んだ苛烈さ



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