あの頃の自分はただひたすらに師に憧れていたのだと、今になってようやく理解できたような気がした。
 自分が師に憧れていたことなど、自分自身がそのような気持ちを抱いていたのだから当然知ってはいたのだが、しかし、理解となると当時はできていなかったように思う。
 目の前で静かに横たわる師を見て、そんなことを考えた。

 まるで恋でもしているようだったよな、と久しぶりに会った当時の仲間達は皆口を揃えてそう言った。当時の仲間達は皆とても仲がよかったが、十五年前に別れてから今までをずっと、全員が全員別々の場所で過ごしてきた。
 私も含め、それぞれに忙しかったらしく、お互い会いに行くことはしなかったのだ。
 そんな私達が久しぶりに集まったきっかけというのは……。
 どうせなら何かめでたいことで集まりたかったものだが、我らが師の訃報だった。
「先生が病気だなんてなぁ」
 俺も同じことを思った。
 師は特に体が丈夫だったというわけではない。しかし何となく病気で死ぬような人ではない、と仲間内ではそのような共通の認識があった。
 人間、何が起こるか分かんねぇよなぁ、そう言う仲間もいたし、最後に一目会いたかったなぁと言っていた仲間もいた。
 俺も、最後に一目お会いしたかったという気持ちはもちろんある。
 だが何故かその気持ちは、それ程強いもののようには思えなかった。
「お前は一番先生を慕っていたが、それだけじゃなかったよな」
 仲間の中でも、特に気が合いよくつるんでいた奴が、酒を飲みながら俺に言った。
「お前が先生の教えを、一番よく理解していたと思う」
 再びそう言葉を発して複雑そうな顔をした後、奴は勢いよく酒を飲み干した。
 そして俺も何となく、奴に続いて酒を勢いよく飲み干した。

 俺は、師の元を離れてからも、師はいつも自分の傍にいるような気がしていた。
 今だから解ることだが、それは俺がいつも誰かしらから、何かしらから「先生」というものを見出していたからだった。
 働き先の親方からは師の厳しさを、おかみさんからは師の包むような優しさを、その娘さんからは師のいくつになっても衰えることのなかった好奇心を見出していた。
 働き先の仲間達、お得意さん、近所の人々……日々のありふれた生活、自然の息吹、脅威。

 俺を包む全てに、師はいた。
 俺は毎日、いつでも先生に会っていたのだ。

 だから、最後に一目、という気持ちはそこまで強いものではなかった。また同時に、師が亡くなったことに対してそこまで悲しくはなかった。
 何故なら、俺はこれからも師に会うことができるだろうと、そう思うからだ。
 それでもやはり、悲しいものは悲しいらしい。
 俺は、奴がたらふく酒を飲んで眠り込んだ後、一人静かになった部屋の中で、泣いた。


 先生。
 私は先生がいない場所ででも、その憧れ故にずっと先生の姿を探していました。
 それはこれからも、変わらないでしょう。
 情けないとお思いになるでしょうが、お許しください。私はこれからだって先生にお会いしたいのです。
 それではまたお会いしましょう。それまで、どうかお元気で。




『い』
いつかどこかで、また。



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