まずはじめに妙だと思った。視界は透明で、開けていて、何の歪みも無いというのに何かが妙だった。そう、気がつけば私は人々の往来の中に一人突っ立っていたのである。
何となく首を傾げてとりあえずそれらしい、自分は何をしていたのだろうと考えるような動きをしてみる。そんなことまでもが形式として私の中には根付いていた。
それから私はとりあえず、歩き出してみることにした。
しばらく道を歩いて、唐突にコーヒーが飲みたいと思った。ブラックは無理だ。だからといって、ガムシロップ一つ、全部を入れてしまうのでは多すぎる。ガムシロップは……半分でいい。コーヒーでも飲めば、少しは何かが判然とするかもしれない。取って付けたようにそんなことを思った。
しかしコーヒーはただのコーヒー、飲料に過ぎず、それはもちろん当たり前のことなのだが、一杯飲み干したところで何も変わりはしなかった。おそらく、何杯飲んでも変わらないのだろうが。
茶色い液体が口から入って体内を通った。そんな感想しか正直持てない。それ以上の感想など別に求められていないだろうし持とうとするのもおかしな話だが……やはり私にとってコーヒーは、そうとでしかなかった。
金を惜しんだのがいけなかったのか、それは大して関係ないのか。そんなことを考えてはいたが、歩いている内にどうでもよくなって何処かへその思考を投げ捨ててしまう。
うん、妙だ。
だから、何が?
いつまでも外を彷徨っているわけにもいかず、とりあえず家に帰ることにした。家路を辿りながら、本当に自分は今までこの道を歩いて生活をしてきたのだろうかという仕様も無い、妙な問いを浮かべていた。本当に妙だ。
しばらくすると無事家に到着した。私は鍵を開け、それからドアを開けようとドアノブを握った。その瞬間。
その冷たさに何を思ったのか、私は何故か後ろを振り返る。
――ああ。
何を見たわけでもないというのに。
妙に納得がいったように、そして何かを諦めたように私はノブを捻った。
「ただいま」
今、家に足を踏み入れた私はもう以前の私とは別のモノなのだと、それだけがはっきりと解っていた。
めざめ、わかれ