彼は、彼にしか果せぬ大切な役割を担っていた。主に惣兵衛(そうべえ)の護衛や手助けを行う他の四人とは違った役割を。
 それは、名前の受け渡しであった。
 惣兵衛、というものはその力だけでは成立しえない。力と共に名前が受け継がれてこその惣兵衛なのである。
 彼――惣(そう)は、惣兵衛の名を渡す代わりにその者の名前を預かるのだった。
 惣兵衛はそうやって受け継がれてきた。

「そう……もう次の人を」
「悪いな。どうも俺には向いてなかったみたいだ」
 眉尻を若干下げて惣兵衛は言った。明日にはもう他の奴に力を渡そうと思う、と惣に告げたのだ。
 二人は焚火を囲んで話をしている。
 ここ数日は毎晩美しい星空を眺めることができたのだが、今晩は薄い雲が出ておりそれを見ることはできなかった。
「別に謝ることでもないよ。ただ……僕等にとって惣兵衛と別れることは、さみしいことなんだということを」
 炎に包まれている薪がぱきんという音を立てて折れる。
「――覚えておいてほしい」
 惣は静かな声でそう言った後、惣兵衛のことをじっと見つめた。
 惣兵衛からの告白を何となく予感していた惣は、会話を始めてからというものほとんど惣兵衛の方を見ていなかったのだ。
「さようなら、惣さん」
 惣は他の四人の従者と違い、惣兵衛のことを惣さん、と呼んでいた。
「おう。短い間だったが、世話になったな」
 惣兵衛は笑って答えたが、惣はぎこちない笑みを浮かべることしかできなかった。
 ――また、さようならか。
 そう改めて惣兵衛との別れというものを認識した時、惣は思わず惣兵衛に手を伸ばしそうになった。だが、その手は少し持ち上がっただけですぐに力無く膝の上に戻った。

 これが初めてなわけじゃ、ないだろう?そう自分に言い聞かせて。
 本当は、縋るように伸ばしたかっただろう手を、それ以上伸ばさなかった。あるいは、伸ばせなかったのかもしれない。
 他の者に力を渡す、そう決めた惣兵衛の意志を変えることなどできやしない。そのことを経験上知っていたから。

 彼にしか果せない、名前の受け渡しという役目。
 彼はその役割を担うことを誇りに思う。だがそれ以上に、いつか返さなければならないそれを預かるということはつらくもあった。
 しかし、それを何度も繰り返していかなければならない、繰り返せざるをえない。そのこともよく解っていた。
 だからいつも、伸ばしそうになる手を抑えては苦しんでいた。そう、苦しんでいたが、まさかそれに終わりが訪れるなどということは夢にも思っていなかったのだ。
 別れとはまた違う、終わりの予感。
 本当に終わりを迎えた時、自分はどうするのだろう。そんなことを最近、惣は考えてしまう。




いつか、名前を預かれなくなるその時


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