年寄りの気紛れか、あるいは道楽だろうと思われるかもしれない。
自分自身でさえもそう思ったのだから、周囲の人々にしたらそれは尚更のことであるだろうし仕方のないことでもあるだろう。
だが気紛れにしても道楽にしても、決して軽い気持ちで臨もうとしたわけではなかった。単純な言葉で表せばそう、真剣。
真っ向から向き合い、見つめ、そして会話し、施しなどという概念はすっかり忘れ去って――お互いの為になるように、いや少なくとも彼らの為にはなるように動こうと、この年になって遠山喜平(とおやまきへい)という作家は思い立ったのだった。
遠山はとある図書館に頻繁に足を運んでいる。そこは所謂市や区などが運営する地域の図書館で、頻繁には通っているが実は遠山は数年前にその図書館の資料を借りる資格を失っているのだ。
別に何か問題を起こしたとかそういうことではなく、ただ引っ越した、という単純な理由によってである。引っ越し先の地域の住民はここで資料を借りることはできなかった。
わざわざそんな資料の借りることのできない図書館に何故通っているのかといえば、これもまた単純な理由で、単に長年通った場所だから居心地がいいと、ただそれだけのことだった。
その図書館である日、遠山は新聞でとある記事を読んだ。それはつい最近起こった殺人事件――犯人は少年だった――に関する記事だった。
特別その事件に何か思い入れがあったわけでもないし、日頃から少年犯罪に関して何か思うところがあったわけでもない。だが、遠山はその記事を読んでふと周囲を見回した。
夕方の図書館には子供の姿が何人も見られた。小学生、中学生、高校生、もちろん大学生だっているだろう。いや、学生でなくとも、犯人と同じ年代の子供達がここにはいる。
特別なことは何もない、ありふれた日常の景色。
犯人の少年も、こんな景色の中にいたのかもしれないのか……。
その時、遠山の中で何かが芽生えた。それが始まりだった。
「初めまして。私は遠山喜平という。時間を割いてもらってすまないね」
遠山がそう言うと、向かいに座った少年は愛想悪く答えた。
「別に……暇だったし」
「名前を訊いてもいいかな」
その少年はたまたまその図書館で、たまたま遠山の本を読んでいた。
ただそれだけだった。
ただそれだけのことが近い未来、少年にとって大きな意味を持つことになる。
この少年だけではない。遠山喜平という存在は、その大きさや重みは人によって異なれど少年少女達に影響を与える。
「……和泉(いずみ)、閏(じゅん)」
そして、絶望も希望も。
始まり