彼女はふらりと立ち上がって相手のことを見た。過去の面影はとうに消え失せ、昔の生活からは考えられないような粗末な格好をしている。不思議なことに、今まで互いに互いを憎み、阻み、貶めよう貶めようと躍起になって生きてきたことが突然夢のように霞んで何もかもが弛緩していくような感覚がした。
 相手の姿を脱力気味にぼんやりと眺めると、ふと彼女は気づく。そんな憎悪の対象だった相手が、自分と同じように、骨、筋肉、神経や臓器を持ち、そして赤い血の流れた生命であるということに。自分と相手とは、実はそう違ったものではないのではないか――。
 人は他者と向かい合う時、その当たり前のことを何故か思い出すことができない。思い出すどころかそもそも、気づくことができないのかもしれない。自分と相手は違う。そう、違うことは違うのだろう。だがそれは捉え方の違いに過ぎないのではないか。違うと思えるような考え方をすれば違くなる。それは事実如何に関わらず、その者が違うと思いたいということだ。そういったことを取り除き、極シンプルな視線で捉えると、自分とは大差のない生き物が目の前にいる。
 相手に、自分とは異なる部分が確固として存在し、それ故に相容れることが叶わないという事実も確かに存在している。ただ、そのシンプルな事実に気づいているのか否か、また思い出しているのか否かでは大いに違う。
 自分の血が流れれば、相手の血も流れるものだと分かるだろう。そして、自分が涙を流せば相手にも涙を流すことがあるのかもしれない――そんな考えに至る可能性が、そこには存在している。




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